海辺の街アマルフィ (カンパーニャ地方、イタリア)
イタリアのカンパーニャ地方といっても、何処にあるのかすぐに頭に浮かぶ人は少ないかもしれないね。ましてや、アマルフィの街の位置を知っている人は、もっと少ないかな。というわけで、位置がわからない人は右の略図を参照してね。早い話、カンパーニャ地方はイタリア南部にあるナポリの街の周辺に広がる地域、アマルフィはその海辺にある街の名前なんだ。 山が海に迫るアマルフィ海岸アマルフィの街の付近の海辺はアマルフィ海岸と呼ばれているんだけど、下の画像を見ればわかる通り、山が海に迫る険しい土地なんだ。つまり、普通に耕作をして暮らしを維持できるような土地じゃないわけだ。
じゃあ、アマルフィ海岸の人々はどうやって暮らしていたのか。それが海だったんだ。まずは小舟で海に出て魚を取る。次第に大きな船を作り、地中海の沖合いに漕ぎ出す。そうして人々は商業の街を築き上げていったわけさ。 ビザンティン帝国・ロンバルド族とアマルフィしかし、アマルフィの街も陸上の動きとは無縁でいられるわけじゃない。西暦476年の西ローマ帝国の崩壊後はビザンティン帝国の支配下にあったアマルフィなんだけど、8世紀から9世紀にかけてはロンバルド族の攻撃に苦しんでいたんだ。そして西暦838年、内部の裏切りにより、ついにアマルフィの街はロンバルド族の手に落ちてしまったんだ。 でも、アマルフィ市民たちは黙ってロンバルド族に従属してはいなかった。兵士たちを再編成し、ロンバルド族が拠点にしていたサレルノの街を攻撃し、捕らえられていたアマルフィ市民たちを奪い返したんだ。 独立都市国家アマルフィそして西暦839年9月1日、アマルフィの街は独立を宣言した。そして自治的な独立都市国家を築いたわけだ。(下の画像は現在のアマルフィの街。)
もちろん、その後も様々な外部の勢力がアマルフィにちょっかいをかけてきた。でも、やがてアマルフィはイタリアでも随一の貿易都市国家となっていくんだ。後に海洋帝国を築いたヴェネツィア共和国やピサ・ジェノヴァなどよりも、早くからオリエントとの交易を活発に行ったんだね。 アマルフィは食べ物も美味しいぞ !!
土地には恵まれていないアマルフィだけど、食べ物は美味しいよ。例えば右の画像に写っているのは、アマルフィで食べたイワシとモツァレラ・チーズのフライ。イワシの間にモツァレラ・チーズが隠れている。これがキリッと冷やした白ワインに合うんだ。休暇をすごす夏の昼間に、ヨット・ハーバーの横のレストランで食べると言うこと無しだねえ。
All rights reserved このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。
|