ルーム・セルジューク・トルコの古都コンヤで見た
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神秘主義者ジェラレッディン・ルーミーとメヴラーナ教団西暦1207年、アフガニスタン(あるいはトルクメニスタン)において、ジェラレッディン・ルーミーが生まれた。父は高名なイスラムの学者だった。しかし、父親の名声を危険視した彼の地の支配者によりは追放され、彼の一家は放浪の旅に出ることを余儀なくされた。やがてルーム・セルジューク・トルコのスルタンだったアラエッディンの誘いを受け、神秘主義的なイスラムの教えを説くジェラレッディン・ルーミーはコンヤの街に落ち着いた。そこに彼がメヴラーナ教団の道場を開いたのは、西暦1231年のことだった。 その後、ルーム・セルジューク・トルコが滅び、オスマン・トルコの時代になっても、彼のメヴラーナ教団は生き続けた。しかし、オスマン・トルコが崩壊してトルコ共和国が生まれると、その指導者だったケマル・アタテュルクは政教分離政策を推進したんだ。そして、西暦1925年にメヴラーナ教団は解散を命じられた。
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