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西暦1478年、パッツィ家の陰謀により、フィレンツェのドゥオモにおいて、ロレンツォ・デ・メディチの命が狙われた。
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ロレンツォ・デ・メディチ (大ロレンツォあるいは豪華王)
中世からルネサンス期のヨーロッパを代表する名家といえば、イタリアの古都フィレンツェを支配したメディチ家を抜きには語れないよね。
そのメディチ家を代表する人物の一人が、豪華王あるいは大ロレンツォとも称されたロレンツォ・デ・メディチだよね。
右の画像は、ヴァザーリの描いたロレンツォ・デ・メディチの肖像画なんだ。(フィレンツェのウフィツィ美術館で見ることが出来るよ。)
ロレンツォ・デ・メディチは西暦1449年生まれ。国父コジモ・デ・メディチ(ロレンツォの祖父)、痛風病みのピエロ(ロレンツォの父)と受け継がれてきたフィレンツェの統治者の地位を引き継いだとき(西暦1469年)、ロレンツォは20歳の青年だった。それから西暦1492年に亡くなるまで、ロレンツォ・デ・メディチは古都フィレンツェを統治したんだ。
フィレンツェのシンボル 花の聖母マリア大聖堂(ドゥオモ)
他方で、ロレンツォ・デ・メディチが君臨したイタリアの古都フィレンツェのシンボルともいえるのが、下の画像に写っている花の聖母マリア大聖堂(あるいはドゥオモ)だよね。
豪華王ロレンツォ・デ・メディチ(大ロレンツォ)も花の聖母マリア大聖堂(ドゥオモ)もルネサンス時代の花の都フィレンツェを代表する華やかな存在だよね。でも、その組み合わせは実は悲劇の記憶でもあるんだ。
メディチ家の支配を覆そうとしたパッツィ家の陰謀
20歳で父のピエロの地位を継承し、弟ジュリアーノと共にフィレンツェを統治していたロレンツォ・デ・メディチ。でも、フィレンツェの旧家をはじめとする反メディチ勢力は、メディチ家の支配を覆そうとしていたんだ。
そして西暦1478年4月26日の日曜日、事件は起こった。その舞台はフィレンツェの中心にある花の聖母マリア大聖堂(ドゥオモ)の中(下の画像)。法王シスト4世の親戚にあたるサンソーニ枢機卿を迎えて行われたミサの最中だった。
フランチェスコ・デ・パッツィがロレンツォの弟のジュリアーノ・デ・メディチに襲いかかり、背中から短剣で刺しかかった。更にフランチェスコ・デ・パッツィの徒党もジュリアーノに切りつけた。いくつもの傷を受けたジュリアーノは絶命。
他方で同じく陰謀に加担していた二人の僧が、ロレンツォ・デ・メディチに襲いかかった。しかし、傷を受けながらも暗殺者の短剣をかわした豪華王ロレンツォは大聖堂の奥に逃げ込み、魔手を逃れることができたんだ。
その頃、ドゥオモを出たサルヴィアティ大司教はフィレンツェの政治の中心シニョーリア広場にあるベッキオ宮殿に向かい、フィレンツェの政権を掌握しようとしたが失敗。騎士ヤコポ・デ・パッツィはフィレンツェ市民を味方につけようとしたんだけど、メディチ家を支持する多くの人々に圧倒される始末だった。
パッツィ家の人々の運命
結局、豪華王ロレンツォの弟ジュリアーノ・デ・メディチは暗殺されたものの、パッツィ家の陰謀は失敗に終わり、フランチェスコ・デ・パッツィ、ヤコポ・デ・パッツィ、サルヴィアティ大司教らの陰謀加担者たちは処刑され、パッツィ家・サルヴィアティ家の人々は市民権を剥奪された。
パッツィ家の陰謀加担者たちの遺体は、フィレンツェ市内のサンタ・クローチェ教会の中庭の奥にあるパッツィ家礼拝堂(右の画像)に葬られた。
ところが、怒りの治まらないフィレンツェ市民は、パッツィ家の礼拝堂から陰謀加担者たちの遺体を引きずり出し、さんざんに引き回した上でフィレンツェ市内を流れるアルノ川に投げ捨ててしまった。
ロレンツォ・デ・メディチによる事態収拾
パッツィ家の陰謀は失敗に終わった。ところが、陰謀の背後にいた黒幕の法王シスト4世が黙ってはいなかった。サルヴィアティ大司教が処刑されたことを名目に、法王は豪華王ロレンツォ・デ・メディチを破門し、フィレンツェに聖務停止命令を下した。しかも、法王軍とその同盟者ナポリ軍がフィレンツェに脅威を与えていたんだ。
フィレンツェを窮地から救い出すため、大ロレンツォ豪華王は西暦1479年にナポリへと向かった。捨て身のロレンツォ豪華王はナポリ王フェルディナンドと和解し、フィレンツェの脅威の一つを取り除くことが出来た。
明けて西暦1480年、オスマン・トルコ軍がイタリア南部に攻撃をしかけてきた。その防衛に対する協力と引き換えに、ロレンツォ・デ・メディチは法王との和解を獲得することができ、ようやくフィレンツェは危機を脱出することができた。
ちなみに、タイミングの良いオスマン・トルコによるイタリア南部への攻撃は、法王との和解を目論んでいた大ロレンツォ豪華王が友好関係にあったトルコをけしかけた結果との説もあるんだけどね。
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