ヨーロッパの歴史風景 中世編





中世編 インデックス


西暦482年、メロヴィング家のクローヴィスがフランク人の一部族の王となった。
西暦493年、東ゴート族の王テオドリックがオドアケルを破ってラヴェンナに入城した。
西暦500年ころ、ペイドン・ヒルの戦いでケルト系ブリトン人がアングロ・サクソン人を打ち破った。
西暦507年、フランク王国・ブルグント王国連合軍が、ガリア(フランス)で西ゴート王国軍を撃ち破った。
西暦520年、カムランの戦いでアーサー王が倒れたとウェールズ年代記(950年頃)は記す。
西暦526年、イタリアの支配者だった東ゴート族のテオドリック王が亡くなった。
西暦537年、コンスタンティノープルにおいて、ユスティニアヌス帝がアヤ・ソフィア大聖堂を完成させた。
西暦584年、グルジアの古都ムツケタを見下ろす山の上に聖十字架修道院が建てられた。
西暦590年、ローマのサンタンジェロ城近くに、大天使 聖ミカエルが姿を見せた。
西暦624年、イングランド東部にあったイースト・アングリアの王レッドウォールドが亡くなった。
西暦708年、フランスの司教オベールの夢に聖ミカエルが現れ、モン・サン・ミシェルの建設が始まった。
西暦739年、アルフォンソ1世がアストゥリアス王に即位。やがて彼はセゴビアなどをイスラムから奪還。
西暦740年、現在のフランス南部コート・ダジュールの岩山の村エズがイスラム教徒によって征服された。
西暦756年、アブドウゥッラフマーン1世がスペイン南部のコルドバに後ウマイヤ朝を樹立した。
西暦800年12月25日、フランク王国のカール大帝(シャルルマーニュ)が、西ローマ皇帝として戴冠。
西暦832年、ヴェネツィアにおいて、サン・マルコ寺院が聖別された。
西暦839年、イタリアのカンパーニャ地方にある街アマルフィが独立を宣言した。
西暦845年、セーヌ川を遡ってきたヴァイキング(ノルマン人)によって、パリが略奪された。
西暦897年、アールパードに率いられたマジャール人が、パンノニア(現在のハンガリー)に移動してきた。
西暦911年、ノルマン人ロロを支配者とするノルマンディー公国が、フランス北部に誕生した。
西暦927年、第一次ブルガリア帝国の黄金時代の皇帝シメオン1世死去。同じ年、リラの僧院の建設着手。
西暦930年、ヴァイキングたちの国アイスランドで、アルシング(国会)が設立された。
西暦969年、エジプトを征服したファーティマ朝が、新しい首都カイロを建設した。
西暦1000年、聖イシュトヴァーンが法王から戴冠を受け、初代ハンガリー国王となった。
西暦1000年ころ、幸運のレイフ(レイフ・エリクソン)がアメリカ大陸を発見した。
西暦1042年、最後のアングロ・サクソン朝のイングランド王となったエドワード懺悔王が即位。
西暦1066年、イングランド南部ペヴェンシーの海岸にノルマンディー公ウィリアムが上陸。
西暦1075年、海洋共和国アマルフィが、イタリア南部を支配するノルマン人に従属した。
西暦1076年、サレルノの街が、ノルマン人ロベール・ギスカールに征服された。
西暦1078年、イングランドのウィリアム征服王が、ロンドン塔のホワイト・タワーを築いた。
西暦1085年、カスティリア王アルフォンソ6世によって、イスラム教徒の手から古都トレドが奪還された。
西暦1088年頃、イタリアの街道の街ボローニャに、ボローニャ大学が設立された。
西暦1094年頃、中世スペインの英雄エル・シドが、イスラム教徒の支配下にあったヴァレンシアを征服。
西暦1152年、アキテーヌ女公爵エレアノールが、プランタジネット家のヘンリー(2世)と結婚。
西暦1154年、ロンドンのウェストミンスター・アビーで、プランタジネット朝のヘンリー2世が戴冠。
西暦1156年、バーベンベルク家のオーストリア大公領が成立した。
西暦1170年、イングランドのカンタベリー大聖堂で大司教トマス・ベケットが殺害された。
西暦1178年、現在も中世の面影を残すスイスの街ルツェルンが築かれた。
西暦1184年、イスラム支配下の街セビリアで、ヒラルダの塔が建設された。
西暦1194年、神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ6世が、イタリア南部カンパーニャ地方の街サレルノを攻略。
西暦1196年、イングランドのリチャード獅子心王がフランス北部ノルマンディ地方にガイヤール城を築いた。
西暦1199年、トスカナ地方の街サン・ジミニャーノが自治都市となった。
西暦1200年、イタリアの街道の町ボローニャで、マッジョーレ広場の建設が始まった。
西暦1211年、トランシルヴァニア地方で、ドイツ騎士団がブラショフの街を建設した。
西暦1216年、フランス軍がイングランド南部に上陸し、ドーバー城を攻囲した。
西暦1220年、イングランド北部の街ヨークで、大聖堂(ミンスター)の建設が始まった。
西暦1231年、ジェラレッディン・ルーミーがメヴラーナ教団の道場をコンヤの街に開いた。
西暦1236年、後ウマイヤ朝の古都コルドバ(スペイン)がキリスト教徒によって奪還された。
西暦1236年、ノルウェーの街ベルゲンにドイツ商人の商館が設けられた。
西暦1238年、グラナダの街(スペイン)で、アルハンブラ宮殿の建設が始まった。
西暦1241年、モンゴル軍がハンガリー東部に侵入。ハンガリー王ベーラ4世が敗れた。
西暦1248年、フランスの聖ルイ王(ルイ9世)の命により、パリのシテ島にサント・シャペルが完成。
西暦1249年、ポルトガルにおいてレコンキスタ(国土回復運動)が完了した。
西暦1260年、聖ルイ王統治下のフランスで、シャルトル大聖堂が完成した。
西暦1266年、ノルウェー領だったヘブリディーズ諸島が、スコットランドに譲られた。
西暦1270年頃、現在のチェコの首都プラハに、スタロノヴァ・シナゴーグ(ユダヤ教会)が建てられた。
西暦1276年、イタリア南部のカンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂の鐘塔が完成した。
西暦1276年、ハプスブルク家がボヘミア(チェコ)のプシェミスル家からオーストリア大公位を奪い取った。
西暦1284年、11世紀から建設が始められたピサの大聖堂の一角に、ピサの斜塔が完成。
西暦1297年、モナコ大公家(グリマルディ家)の祖先がモナコを占領した。
西暦1298年、アラゴン・カタルーニャ連合王国のバルセロナでカテドラル(大聖堂)の建設工事が始まった。
西暦1301年、エドワード1世の子エドワード2世が、カーナフォン城でプリンス・オブ・ウェールズに叙任された。
西暦1303年、イングランド王エドワード1世が、ネス湖のほとりのアークハート城を攻略。
西暦1305年、イタリアのトスカナ地方の街シエナで、プブリコ宮殿が完成した。
西暦1305年、スコットランド独立の闘士ウィリアム・ウォレスがロンドンで処刑された。
西暦1308年、聖ヨハネ騎士団がロードス島を完全に制圧した。
西暦1309年、教皇のアヴィニョン捕囚。教皇庁がアヴィニョン(現フランス領)に移された。
西暦1315年、ハプスブルク家がスイス同盟軍に敗れ、ハプスブルク家の雌伏のときが続いた。
西暦1328年、フランス王シャルル4世が亡くなり、カペー朝が断絶。英仏間の百年戦争の火種となる。
西暦1330年、ワラキア貴族バサラブ1世がハンガリー軍を破り、ワラキア公国の独立を確保した。
西暦1338年、ボヘミア王国(現チェコ)の首都プラハに、市庁舎を建てる許可が与えられた。
西暦1342年、アンジュー家のラヨシュ1世(大王)がハンガリー王に即位した。
西暦1344年、ボヘミア王国(現チェコ)の首都プラハで、聖ヴィート教会の改築工事が始まった。
西暦1345年、フランスの都パリのシテ島に、ノートルダム聖堂が完成した。
西暦1346年、後に神聖ローマ皇帝となるルクセンブルク家のカレル4世がボヘミア王に即位した。
西暦1350年、中世イスラムの旅行家イブン・バトゥータがアンダルシアのグラナダ(スペイン)を訪ねた。
西暦1353年、イタリアのトスカナ地方の街サン・ジミニャーノが、フィレンツェに従属した。
西暦1353年、ハプスブルク家に対して優勢に戦ったスイス盟約者団が8カントンに拡大。
西暦1357年、神聖ローマ皇帝カレル4世によって、プラハにカレル橋が架けられた。
西暦1360年、イタリアの古都フィレンツェにサンタ・マリア・ノヴェッラ教会が完成した。
西暦1363年、ヴァロア家系ブルゴーニュ公初代フィリップ・ル・アルディ大胆公(豪胆公)登場。
西暦1370年、オスマン・トルコ軍がワラキア(現ルーマニア領)に侵入し、ワラキア軍と初の戦闘を行った。
西暦1376年、百年戦争におけるイングランドの英雄 黒太子エドワード死去。
西暦1377年、イタリア最強と称賛された傭兵隊長ジョン・ホークウッドがフィレンツェの軍司令官となった。
西暦1385年、カスティリアの干渉をはねのけたポルトガル王国に、アヴィス朝が成立した。
西暦1388年、ニース(現フランス領)がサヴォイ公家(後に統一イタリア王家)の領地となった。
西暦1391年、ワラキア公ミルチャ老公が、同盟していたハンガリー王と共に、オスマン・トルコ軍を撃退した。
西暦1396年、現在のベルギー地方が成長し始めたブルゴーニュ公国の支配下に入った。
西暦1397年、カルマル同盟により、デンマーク・スウェーデン・ノルウェーが同君連合を形成した。
西暦1401年、フィレンツェのドゥオモのサン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉制作コンクールにギベルティが優勝。
西暦1404年、ヴァロア家系初代ブルゴーニュ公フィリップ・ル・アルディ大胆公(豪胆公)死去。
西暦1407年、ブルゴーニュ公ジャン・サン・プール(無畏公)の命により、オルレアン公ルイが暗殺された。
西暦1415年、ボヘミア(現チェコ)の宗教改革者ヤン・フスが処刑された。
西暦1417年、百年戦争下のフランスでブルゴーニュ公ジャンがイングランド王ヘンリー5世と秘密協定。
西暦1417年、神聖ローマ皇帝ジギスムントがジプシーに通行許可証を発行した。
西暦1419年、シエナの街のカンポ広場に、地下水道の完成を記念するフォンテ・ガイアが作られた。
西暦1420年、百年戦争下のフランスでトロワ条約によりイングランド王ヘンリー5世が王位継承権を獲得。
西暦1420年、イングランド南部の街ライで旅籠マーメイド・インがオープン。
西暦1426年、南フランスのレ・ボーの支配者だったボー一族が断絶した。
西暦1431年、フランスを救った少女ジャンヌ・ダルクが異端の罪により処刑された。
西暦1434年、フィレンツェのドゥオモ(花の聖母大聖堂)が完成した。
西暦1435年、アラス条約により、ブルゴーニュ公フィリップとフランス王太子シャルルとの和解が成立。
西暦1436年、フラ・アンジェリコがフィレンツェのサン・マルコ修道院で制作を始めた。
西暦1439年、アルザス地方(今はフランス領)で、高さ142メートルを誇るストラスブール大聖堂が完成。
西暦1448年、カタルーニャのバルセロナ(現スペイン)にカテドラル(大聖堂)が完成した。
西暦1451年、フランスの街ボーヌ(ブルゴーニュ地方)に、ホスピス・ド・ボーヌ(オテル・デュー)が完成。
西暦1453年、メフメト2世率いるオスマン・トルコ軍が、ビザンティン帝国の都コンスタンティノープルを攻略。
西暦1454年、キプロス島のコロッシの地に、聖ヨハネ騎士団によってコロッシ城が築かれた。
西暦1456年、修道士にして画家のフィリッポ・リッピが修道女と駆け落ちした。
西暦1456年、ドラキュラのモデルとなった串刺し公ヴラッド・ツェペシュがワラキア公となった。
西暦1460年、ポルトガルの大航海時代を切り開いたエンリケ航海王子が死去。
西暦1464年、イタリアの古都フィレンツェの国父コジモ・デ・メディチが亡くなった。
西暦1465年、オスマン・トルコのメフメト2世が、イスタンブールにトプカプ宮殿の建設を始めた。
西暦1466年、ルネサンス期フィレンツェの彫刻をリードしたドナテッロが亡くなった。
西暦1469年、フランスのブルゴーニュ公シャルル突進公がハプスブルク家からアルザスを買い取った。
西暦1473年、マルタン・ションゴエールがアルザスで「薔薇垣の聖母子」を描いた。
西暦1474年、ブルゴーニュ公シャルル突進公とイングランド王エドワード4世がロンドン条約を結んだ。
西暦1477年、シャルル突進公が戦死し、ブルゴーニュ公家が断絶した。
西暦1477年、ボッティチェッリが名画「春」(フィレンツェのウフィツィ美術館に収蔵)を描いた。
西暦1478年、パッツィ家の陰謀により、フィレンツェのドゥオモでロレンツォ・デ・メディチの命が狙われた。
西暦1482年、スペインのヴァレンシアで、ラ・ロンハ(中世の取引所)の建築が始まった。
西暦1483年、旧ブルゴーニュ公国分割についてフランス王家とハプスブルク皇帝家がアラス条約を締結。
西暦1492年、イタリアのヴァティカンでロドリーゴ・ボルジアがローマ教皇アレッサンドロ6世として即位した。
西暦1492年、グラナダが陥落し、スペインのレコンキスタ終了。同年、コロンブスがアメリカを発見。
西暦1494年、フィレンツェでメディチ家が追放され、サヴォナローラによる統治が始まった。
西暦1498年、ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマ艦隊が、インドのカリカットに到達した。
西暦1498年、レオナルド・ダ・ヴィンチがミラノで「最後の晩餐」を完成させた。
西暦1499年、ハプスブルク家とのバーゼル和約により、スイスが神聖ローマ帝国から事実上独立。

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