アメリカ独立と破綻したフランスの国家財政西暦1776年7月4日、イギリスの植民地だったアメリカの諸州が独立を宣言し、イギリスに対するアメリカの独立戦争が始まった。その二年後、西暦1778年にはフランスがアメリカを支援してイギリスに対する戦争を始めた。但し、アメリカの理念を支持したのではなく、ライバルであるイギリスを叩きのめすためだったんだけどね。 その後、アメリカの独立は認められ、フランスのライバルだったイギリスは大事な植民地を失ったわけだ。しかし、アメリカ側に立って参戦したフランス王国の国家財政は破綻に追い込まれてしまったんだ。 アンヴァリド(廃兵院)襲撃とフランス革命ルイ16世統治下のフランスは、なんとか国家財政を立て直そうとした。しかし、何をやってもうまくいかない。やむなく全国三部会を開催することとなった。ところが、西暦1789年に開催された全国三部会は第三身分(平民)の主導の下に「国民議会」に改組された。他方、当時のパリの民衆は食糧危機やパンの価格の高騰に苦しんでいた。そして、その年、つまり西暦1789年7月12日、パリの人々が蜂起したんだ。翌日にはパリの人々は、王権による武力行使に備えて「国民衛兵」を組織している。 そして西暦1789年7月14日、パリの民衆は武器弾薬を求めてセーヌ川の南にあるアンヴァリド(アンヴァリッド)あるいは廃兵院(下の画像)を襲撃した。くすぶり始めていた「フランス革命」に火がついたわけだ。(ちなみに、バスティーユ監獄の襲撃は、アンヴァリド襲撃の後のこと。)
余談ながら、上の画像にあるパリのアンヴァリド(廃兵院)には、皇帝ナポレオンの墓もあり、世界のナポレオン・ファンがやって来るんだ。(私もその一人だけど。) フランス全土に広がったフランス革命の火パリで燃え上がったフランス革命の火は、ただちにフランス全土に広がっていった。例えば、アルザス地方の中心都市ストラスブールには、7月19日にアンヴァリド(廃兵院)やバスティーユ監獄の襲撃の知らせが届き、街に溢れた人々が歓喜の声をあげたんだそうな。そのストラスブールの人々は、7月21日に蜂起し、群集が市庁舎に乱入した。そのストラスブール市庁舎の地下にはワイン・セラーがあり、公式行事用の高価なワインが保管されていた。暴徒化した人々はワインの樽を壊し、普段は飲むことのできない高級ワインをがぶ飲みしたんだそうな。(床に溢れたワインのせいで、酔っ払った市民二人が「溺死」した・・・なんて話もあるけど、本当かなあ。) 国有化された教会財産
やがてフランス全土の実権を掌握した憲法制定国民議会(国民議会から改組)は、次第に過激になっていった。例えば、西暦1789年11月2日には、教会財産の国有化を決議している。(下の画像は、その決議に従って国有化されたストラスブール大聖堂。) |
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