ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1819年、イギリスがシンガポールを獲得し、インドから極東へ進出し始めた。


イギリスがシンガポールを獲得

西暦1757年にロバート・クライブの活躍によってプラッシーの戦いに勝ち、インドからフランスを駆逐したイギリスは更に東へ進み、西暦1786年にマレー半島のスルタンからペナン島を獲得した。

シンガポールにあるイスラム教のモスク 続いて西暦1819年にはスタンフォード・ラッフルズがジョホール王国のスルタンからシンガポールを獲得。

スルタンという称号からわかるように、当時のシンガポールはイスラム教徒の住む地域だった。もちろん今でもシンガポールにはイスラム教徒が住んでいて、右の画像にあるようにモスクもあるんだ。

シンガポールへの中国系移民

シンガポールはイギリスにとって極東への進出の拠点であり重要な港湾であると同時に、ゴムの栽培やスズ鉱山を経営する土地でもあったらしい。その為の労働力として、マレー半島やシンガポールには、インド系の移民や中国系の移民が送り込まれたわけだ。

そして、特にシンガポールには中国系の人々が多く住み、市内には下の画像に見られるように、中国寺院(道教の寺院かな ??)が多くなっているんだ。

シンガポールにある中国寺院 シンガポールにある中国寺院 シンガポールにある中国寺院 シンガポールにある中国寺院

中国系シンガポール人が食べるバクテ(肉骨茶)

多くの中国系の人々が、シンガポールで港湾労働者として働いていたらしい。そんな港湾労働者が好んで食べていたのがバクテ(肉骨茶)という料理。元々は福建あたりの料理だったらしいんだけど、豚の肉・臓物や野菜にショウガ・ニンニクを入れて煮込んだ料理なんだ。これを食べながらビールを飲むもよし、ご飯にぶっかけて食べるもよし。

下の画像はシンガポールに出張した際に、知り合いの中国系シンガポール人に連れて行ってもらった屋台で食べたバクテ(肉骨茶)。もう一度食べたいねえ。

シンガポールの屋台で食べたバクテ(肉骨茶) シンガポールの屋台で食べたバクテ(肉骨茶) シンガポールの屋台で食べたバクテ(肉骨茶) シンガポールの屋台で食べたバクテ(肉骨茶)

その後のイギリスの極東進出

インドに続いてシンガポールを獲得したイギリスは、更に極東への進出を続ける。アヘン戦争で清朝中国を敗北させ、西暦1842年にイギリスは香港を獲得することになるんだ。

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