ニース旧市街に生まれて育ったガリバルディ
コート・ダジュールの観光地ニースの旧市街にあるガリバルディ広場には、ガリバルディの像(右の画像)が立っている。...ガリバルディと言えば、イタリア統一の英雄だね。...しかし、ニースといえばフランスだよねえ。 ちょっと不思議に聞こえるのも無理は無い。実は1807年にガリバルディが生まれた頃、彼の生まれ故郷であるニースはサルディニア王家(旧サヴォイ公家)の領土、つまりイタリアの一部だった。 ところが、1860年にサルディニア王家はニースをフランスに割譲しちゃったんだ。 1858年の密約とニースのフランスへの割譲1858年、サルディニア王国とナポレオン3世治下のフランスとの間に密約が結ばれた。イタリア統一の為にフランスの協力を必要としていたサルディニア王国は、フランスによる協力の代償としてニースを割譲するというものだった。翌年の1859年、サルディニア王家によるイタリア統一を阻止しようとするハプスブルク家のオーストリアが、サルディニア王国に最後通牒をつきつけた。対してフランスの協力を得ているサルディニアが強硬姿勢を貫き、オーストリア軍を撃ち破ったわけだ。 更に1860年、千人隊を率いたガリバルディの活躍により、シチリアとイタリア南部はサルディニア王の支配下に入った。しかし、同じ年、密約に従ってニースはフランスに割譲されてしまった。
その翌年の1861年、サルディニア王ヴィットリオ・エマヌエレ2世を国王として、イタリア王国が成立した。祖国統一の為に戦ってきたガリバルディは、ようやく夢を実現できたわけだ。しかし、その祖国には彼の郷里は含まれてはいなかったんだ。そして1862年、イタリア統一の英雄ガリバルディは74歳で亡くなった。 ガリバルディが洗礼を受けた教会
右の画像にあるのは、ニース旧市街にあるサン・マルタン=サン・オーガスタン教会。子供の頃のガリバルディが洗礼を受けた場所。その頃、この教会の中や周辺では、イタリア語が話されていたんだ。今ではフランス語しか聞こえなくなっちゃったけど。
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