ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1861年、モナコ大公国の主権がフランスによって承認された。


モナコ大公の宮殿を警護する衛兵

モナコ大公の宮殿の衛兵(モナコ大公国) 右の画像に写っている衛兵が警護しているのは、モナコ大公国大公宮殿。毎日11時55分には、ロンドンのバッキンガム宮殿と同じく、衛兵の交代を見ることが出来るんだ。

この衛兵に関して、興味深いことがある。モナコ大公の宮殿を警護する衛兵なんだけど、モナコ人は衛兵にはなれないらしい。この宮殿の衛兵は、全てフランス人なんだそうな。クーデターを予防するために、モナコの法律で定められているんだってさ。

モナコ大公国の主権

さて、前置きが長くなっちゃったんだけど、このページではモナコ大公国の主権のこと。現在のモナコ大公国の主権が認められたのは、1861年のこと。ナポレオン3世支配下のフランスが認めたんだ。

もちろん、それ以前もモナコ大公国は存在していたし、主権が承認されていた時代もあった。でも、そこは小国の悲哀。色々と複雑な歴史があるんだ。

西暦1297年に今のイタリア北部出身のグリマルディ家の先祖がモナコを獲得。西暦1489年にはフランスとサヴォイがモナコの主権を承認。

しかし、西暦1525年にはスペインの保護下に入っている。その後、西暦1641年にはフランスの保護下に入ったんだ。

そして、ヨーロッパを震撼させたフランス革命だ。西暦1793年には、革命フランスによってモナコが併合されてしまった。

ナポレオンが失脚した後、西暦1814年にはパリ条約によってグリマルディ家がモナコに復帰した。でも、翌年のウィーン条約によって、モナコはサルディニア王国の保護下に入ることとなった。

そして、最終的にモナコの主権が承認されたのが、西暦1861年のことだったんだ。(余談なんだけど、有名なモナコのカジノの建設が始まったのも、その年らしい。)

フランスとモナコの関係

しかし、モナコの主権を承認したフランスとの関係も、かなり微妙な問題を含んでいる。例えば、西暦1918年に締結されたフランス・モナコ条約には、次の条項が含まれている。

  • モナコ大公位を保持しているグリマルディ家が断絶すれば、モナコはフランスの中の自治国となること。
  • モナコ大公位の継承には、フランス政府の承認を得ること。
  • フランスはモナコの防衛を保障すること。
ちなみに、上の条約によってフランスはモナコを防衛する義務を負っているんだけど、西暦1940年にはモナコはイタリアによって占領されているし、西暦1943年にはドイツがモナコを占領している。小国が生きる道は難しいねえ。

モナコ大公の宮殿

そんな複雑な歴史を持つモナコ大公国の君主であるモナコ大公が住んでいるのが、下の画像にあるモナコ大公宮殿。上の画像にある衛兵が警護している宮殿。下の画像にある柔らかな色調は、既に亡くなったグレース・ケリー大公妃の好みなんだって。

モナコ大公の宮殿(モナコ大公国)

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