ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1892年、ドイツ南部のバイエルンに、ノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)が完成した。


ルートヴィヒ2世が少年時代をすごした
ホーエンシュヴァンガウ城

ドイツ南部のバイエルンにあるホーエンシュヴァンガウ城 西暦1832年、ヴィッテルスバッハ家のバイエルン王マクシミリアン2世が、廃城寸前となっていたホーエンシュヴァンガウ城(右の画像)を購入した。王は城の整備・改装を行い、工事が完了したのは西暦1836年のことだった。

それから9年後の西暦1845年8月25日、バイエルン王に王子が誕生した。後にバイエルン王となったルートヴィヒ2世だね。王子は少年時代をホーエンシュヴァンガウ城で過ごしたんだ。

余談なんだけど、ルートヴィヒ2世の本当の誕生日は8月23日か24日だったとも言われているんだ。でも、お祖父さんのルートヴィヒ1世を喜ばせるために8月25日生まれだとされたらしい。というのも、お祖父さんのルートヴィヒ1世の誕生日が8月25日だったから。

バイエルン王ルートヴィヒ2世

西暦1864年、父王マクシミリアン2世の死に伴い、18歳のルートヴィヒ2世がバイエルン王に即位した。即位当初の彼は、誠実に王としての務めを果たそうとしていたらしい。でも、政治の実権が議会に握られていることを悟り、次第に政治に対する熱意を失って行ったとの説もあるんだ。

また当時のドイツでは、プロシアが急激に勢力を拡大していた。西暦1866年には普墺戦争においてオーストリアを撃ち破った。西暦1870年には普仏戦争においてフランスを圧倒し、プロシア王を皇帝とするドイツ帝国が成立したんだ。

そんな動乱の時代に、ルートヴィヒ2世は戦争を回避しようとしたんだ。でも、小国バイエルンは国際政治の荒波に呑み込まれざるを得ない。彼のバイエルン王国も、プロシアに従って出兵を余儀なくされた。そんな経験もルートヴィヒ2世をして現実から遠ざけさせたのかもしれないね。

ルートヴィヒ2世とワーグナーと
ノイシュヴァンシュタイン城

ドイツ南部のバイエルンにあるノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城) 政治に対する熱意を失ったルートヴィヒ2世が熱中したのは、子供の頃から好きだったワーグナーだった。ワーグナーの為にオペラを催したりオペラ座を建設させたりしたわけだ。

そして、もう一つルートヴィヒ2世が熱中したもの。それが建築だった。その代表的な建物が、ホーエンシュヴァンガウ城のあるシュヴァンガウの街を見下ろす山に建てたノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)かな。(右の画像はシュヴァンガウの街から見上げたノイシュヴァンシュタイン城。)

危機的な状況に瀕したバイエルン王国の財政

しかし、彼がワーグナーと建築に熱中するあまり、財政は極めて危機的な状況になってしまったんだ。そしてバイエルン王国の高官たちは、次第に事態を憂慮し始めたわけだ。

西暦1886年6月9日、ルートヴィヒ2世の滞在していたノイシュヴァンシュタイン城に数台の馬車がやって来た。ルートヴィヒ2世は精神の均衡を失っており王として執務することが出来ないという医師の診断を根拠に、摂政をたてて王を拘束しようとしたんだ。

ところが、状況を察知したルートヴィヒ2世の側近たちや地元の人々は、政府の役人たちの手から王を守りぬいたんだ。ルートヴィヒ2世は人々に慕われていたんだね。

幽閉されたバイエルン王ルートヴィヒ2世

しかし、王を幽閉しようとするバイエルン政府の計画はついに成功した。西暦1886年6月12日、自由を奪われたバイエルン王ルートヴィヒ2世は、ノイシュヴァンシュタイン城から連れ出され、二度と戻ってくることはなかった。

ルートヴィヒ2世が連れて行かれたのは、スタルンベルク湖のほとりのベルク城だった。彼の気に入りの城の一つだ。でも、城は豪華な牢獄に改造されていたんだ。

そのあくる日の6月13日、バイエルン王ルートヴィヒ2世と医者のグッデン博士の遺体がスタルンベルク湖で見つかった。二人の死の詳しい状況は未だに明らかになってはいない。

完成したノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)

ルートヴィヒ2世の謎の死から6年後の西暦1892年、彼が夢見ていたノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)が完成した。(下の画像は、ペラット渓谷にあるマリエン橋から見たノイシュヴァンシュタイン城の様子。)

ドイツ南部のバイエルンにあるノイシュヴァンシュタイン城(白鳥城)

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