ブラガンサ家によるポルトガル王政の終焉西暦1908年、ポルトガル国王ドン・カルロスと王太子ドン・ルイスが、リスボンにおいて共和主義者によって暗殺された。西暦1910年10月3日、共和主義者が反乱を起こした。反乱軍に加わった海軍軍艦がリスボンの王宮を砲撃。ポルトガル国王マヌエル2世はリスボンを脱出した。 その翌々日、共和制が宣言され、ポルトガルの王政が廃止された。マヌエル2世を中心とするブラガンサ王家の人々はイギリスに亡命した。 下の画像は、リスボンから 20kmほどのところにあるシントラの街の王宮。14世紀に建てられたもの。1640年に王位を得たブラガンサ家の人々は、1910年の共和主義革命まで、この王宮を夏の離宮として使っていたんだ。
「エデンの園」 シントラの街
ついでながら、右の画像は上の王宮のあるシントラの街の様子。詩人のバイロンは、この街のことを「エデンの園」と評したらしいよ。シントラの街を見下ろす山の上には、8世紀に侵攻してきたイスラム教徒の築いた城も残っている。
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