新しい宗教画の開拓者 カラヴァッジオ光と影を強調した大胆な構成、庶民の姿の写実的な表現によって宗教画に新しい世界を開拓した画家がカラヴァッジョなんだそうな。そのカラヴァッジョが西暦1601年(1602年説もある)頃にイタリアの中心ローマで描いたのが、「聖ピエトロの逆さ磔」(下左の画像)と「聖パオロの改宗」(下右の画像)なんだ。
しかし、上の画像は二つとも斜めになっているよね。どうしてこんなことになったかと言うと、どちらもローマ市内のポポロ広場に面して立つサンタ・マリア・デル・ポポロ教会のチェラージ礼拝堂に飾られているから。残念ながら絵の正面に立つことが出来ないものだから、上の画像のように斜めになっちゃった。 カラヴァッジョのハチャメチャな人生宗教画に新しい世界を切り拓き、後世に残る数々の名作を描いたカラバッジョなんだけど、その人生はかなりハチャメチャだった見たい。何度も傷害事件を起こしていたカラヴァッジョは、西暦1606年には殺人事件まで起こしてしまった。彼は西暦1573年生まれというから、33歳のときのことだね。 以後の彼は各地を転々と逃げ回っていたんだ。そして西暦1610年、37歳のカラヴァッジョが熱病で亡くなった。彼の絵そのままに明暗のコントラストの激しい人生だよね。 ちなみに、カラヴァッジョの最晩年の作品「ゴリアテの首を持つダヴィデ」(ボルゲーゼ美術館)は、罪の許しを請うために描かれ、ローマ教皇の許に送られたもの。ゴリアテの首はカラヴァッジョの自画像なんだ。 その絵を描いた甲斐があり、ローマ教皇はカラヴァッジョの罪を許した。だけど、その知らせが届いたとき、既にカラヴァッジョは亡くなっていたんだそうな。 |
サンタ・マリア・デル・ポポロ教会ついでながら、上にかいたカラヴァッジョの絵ニ作は、ローマのポポロ広場に面して立つ、サンタ・マルア・デル・ポポロ教会で見ることが出来る。西暦1099年に法王パスカリス2世の呼びかけによって、ローマ市民がお金を出し合って建てた教会なんだ。だから、「デル・ポポロ(人々の)」という言葉が教会の名前に付けられている。但し、この教会が今のような形になったのは西暦1472年のこと。当時の法王シスト4世の命によって改築されたんだ。下の画像は現在のサンタ・マリア・デル・ポポロ教会の正面。入り口の横に座っているのは、教会に入る人々に小銭をせがむジプシーのおばさんなんだけど、今日の稼ぎは良くはなさそうだね。
なお、このサンタ・マリア・デル・ポポロ教会では、上に挙げたカラヴァッジョの作品のほかにも、ルネッサンスから近世にかけての芸術作品を見ることが出来る。ちょっとした美術館のような教会だよ。
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