ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1715年、フランスの絶対君主として72年間も君臨した太陽王 ルイ14世が死去。


太陽王ルイ14世

西暦1715年、フランス王ルイ14世が死去。1643年に4歳でフランス王となり、72年間に渡って絶対君主として君臨した太陽王。その遺骸は、フランス王家の墓のあるサン・ドニ聖堂(下の画像)に葬られている。

パリ郊外のサン・ドニ聖堂(フランス)

後に太陽王と称されたルイ14世だけど、即位直後には危ない目にもあっているんだ。即位から5年後の1648年のこと、フロンドの乱が発生。フランス王ルイ14世は、パリからの脱出を余儀なくされたこともあったらしい。

しかし、西暦1661年に親政を始めてからは、対外戦争の連続だった。1667年からはフランドル戦争、1672年からはオランダ戦争、1688年からはアウグスブルク同盟戦争、1702年からはスペイン継承戦争...。

国家財政の悪化、相次ぐ後継者の死

対外戦争の結果としてフランスの領土が拡大したことは確かだね。しかし、同時に戦争は国家財政を悪化させた。しかも、戦争だけではなく、あのヴェルサイユ宮殿の造営も国家財政の負担となったわけだ。

加えて、更なる不幸が王室を襲ったんだ。1711年にはルイ14世の長男で王太子のルイが亡くなっている。そのまた長男でルイ14世の嫡孫にあたるブルゴーニュ公ルイも、1712年に亡くなった。しかも、その長男と次男も相次いで亡くなっている。その結果、1715年に太陽王が亡くなった時、王位を継承することが出来たのは当時5歳の曾孫ルイ15世だった。

下の画像は、サン・ドニ聖堂の地下のクリプトにあるルイ14世の墓碑。太陽王と称された君主らしく、とっても豪華な墓碑だよね。でも、やがてフランス革命が起こり、フランス国王ルイ16世が処刑されたとき、天国の(あるいは地獄の ?? )太陽王は何を思っただろうね。

パリ郊外のサン・ドニ聖堂地下のクリプトにあるルイ14世の墓碑(フランス)

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