ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




西暦118年(あるいは128年)頃、古代ローマのパンテオンの再建工事が始まった。(イタリア)


アグリッパによって建てられたローマのパンテオン

イタリアの首都ローマに残る古代ローマ帝国時代の建物といえば、フォロ・ロマーノで見る神殿跡やコロッセオ(円形闘技場)が頭に浮かぶよね。でも、パンテオンも古代ローマ帝国時代の建造物の代表的な存在だね。

イタリアの首都ローマのパンテオンの破風

このパンテオンは、古代ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの命によって、アグリッパが紀元前25年に建てたもの。上の画像はパンテオンの破風なんだけど、左端に AGRIPPA (アグリッパ)と記されているね。(Aの文字がちょいと切れているけど。)

ちなみに、このアグリッパなる人物は皇帝アウグストゥスの側近であり、娘婿でもあった。フランス南部プロヴァンス地方に残るポン・デュ・ガール(水道橋)を築いた人物としても知られているね。

皇帝ハドリアヌスによって再建されたパンテオン

とはいえ、アグリッパによって建てられたパンテオンは、西暦80年に火災で焼け落ちてしまったそうな。その再建工事を西暦118年に始めたのが皇帝ハドリアヌスだった。(皇帝ハドリアヌスはスコットランド国境に残るハドリアヌスの長城を築いた人物でもある。)

イタリアの首都ローマのパンテオンの正面の円柱

というわけで、今の私たちがローマで見ることのできるパンテオンは、実はアグリッパによって建てられたものではない。でも、皇帝ハドリアヌスは敢えてアグリッパの名を記したらしい。(上の画像は今のパンテオンの正面の円柱などの様子。)

古代からのイタリアの歴史の記念碑となったパンテオン

そんなパンテオンの正面入口の扉が下の画像なんだけど、2000年前の鉄製のものなんだそうな。

イタリアの首都ローマのパンテオンの扉

その扉からパンテオンの中に入れば、直径43メートルのドームに設けられた窓から一条の光が差し込んでいる。それが時と共に動き、内部の表情を変えていくわけだ。

そんなパンテオンの中にはイタリアのルネサンスを代表する画家ラファエロや統一イタリア王国の初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世が眠っている。古代ローマ帝国時代に万神殿として建立されたパンテオンは、今ではイタリアの歴史の記念碑となっているんだね。

パンテオン近くのナヴォナ広場

パンテオンの近くにあるナヴォナ広場(下の画像)は、古代ローマ帝国時代の競技場だった。パンテオンまで来たならば、ついでにナヴォナ広場も見ておきたいよね。

イタリアの首都ローマのナヴォナ広場の風景

このナヴォナ広場には、イタリア・バロックを代表する彫刻家ベルニーニによる四大河の噴水などもある。お見逃しなきよう。

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