古代ローマ帝国の支配者 カラカラ帝
西暦3世紀初頭、古代ローマ皇帝セプティミウス・セウェルスは、既に共治帝となっていたカラカラとゲタと共に、イングランド北部に来ていた。敵対を続けるピクト人(現代のスコットランドの先住民)と戦うためだったんだ。ところが西暦211年、皇帝セプティミウス・セウェルスが遠征中にヨークで死去。(右の画像は、いまだに中世の面影を残すヨークの街のシャンブルズ通り。) 共治帝カラカラとゲタの二人は、北方のピクト人と講和を結び、イタリアに、都であるローマに帰還した。
西暦212年、古代ローマの支配者カラカラ帝は、実の弟だった共治帝ゲタを殺害し、古代ローマ帝国の単独の支配者となった。そのカラカラ帝の顔が右の画像。イギリスの首都ロンドンの大英博物館で見ることができるんだ。 ローマにカラカラ浴場を建設同じ西暦212年、ローマにカラカラ浴場(下の画像)が完成した。1600人もの人々が入浴できる巨大な浴場だった。
余談ながら、このカラカラ浴場では、夏になるとオペラなどが上演されているらしいよ。
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