ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




西暦303年、セント・ジョージ(聖ジョージ)がニコメディアで処刑された。


ヨーロッパのヒーロー
セント・ジョージ(聖ジョージ)

現代のヨーロッパのヒーローといえば、頭に浮かぶのはフット・ボール(サッカー)のプレイヤーかな。でも、現代に限らず、千年あるいは二千年という時の流れで考えれば、セント・ジョージがヨーロッパのヒーローの筆頭になるかもしれないね。

ヤコポ・ティントレットによる聖ゲオルギウスと竜(ナショナル・ギャラリー、ロンドン、イギリス) ヒーローであれば当然なんだけど、セント・ジョージをモチーフとするヨーロッパの芸術作品も少なくないんだ。

例えば、右の画像は16世紀の画家ヤコポ・ティントレットによる作品「聖ゲオルギウス(聖ジョージあるいはセント・ジョージ)と竜」。

この作品は、イギリスの首都ロンドンにあるナショナル・ギャラリーで見ることができるよ。

セント・ジョージ、聖ジョージ、サン・ジョルジュ、聖ゲオルギウス・・・多くの国や都市の守護聖人

長い間にわたってヨーロッパのヒーローだったセント・ジョージは、各国の言葉で様々に呼ばれている。セント・ジョージ、サン・ジョルジュ、サン・ジョルディ、聖ゲオルギウス・・・そして日本語では聖ジョージがポピュラーかな。

そして、セント・ジョージは、色々な国や都市の守護聖人にもなっているんだ。代表的なのはイギリスを構成するイングランド、その他にもモスクワ、グルジア、アラゴン、カタロニア、ジェノヴァ・・・・・などなど。

戦士の守護聖人 セント・ジョージ

ルーマニアで見たセント・ジョージのイコン セント・ジョージは元々は東方正教会で戦士の守護聖人とされてきたんだそうな。だから、東方正教会系の国々で見かけることが多いんだ。

例えば、右の画像は、ルーマニアで見たセント・ジョージのイコン。ルーマニア北部トランシルヴァニア地方のシビエル村にあるイコン博物館に展示されていたもの。

東方正教会の聖人であるセント・ジョージが西欧に広まったのは、十字軍がきっかけになったらしい。例えば、西暦1098年のアンティオキアの戦いでは、十字軍兵士の前にセント・ジョージが現れたという話もあるんだ。

イングランド王リチャード1世(獅子心王)と聖ジョージ

十字軍参加者の中でもセント・ジョージと最も縁が深いのは、イングランド王リチャード1世(獅子心王)かな。

彼はパレスティナで戦う彼の軍の守護をセント・ジョージに委ねたといわれている。そして白地に赤い十字架(つまり、イングランドの国旗)をイングランドの兵士の軍服として採用したんだ。

リチャード獅子心王の後も、イングランドではセント・ジョージは崇拝され続けたんだ。例えば、西暦1348年には、ガーター騎士団の守護聖人がセント・ジョージとされた。そして14世紀末には、セント・ジョージはイングランドの守護聖人とされているんだ

聖ジョージの生涯

では、セント・ジョージさんはいったい何をした人物なのか ?? 戦士の守護聖人とされ、ヨーロッパ各地で崇拝されているんだから、よっぽどの人物のはずだよね。

ところが、日本の歴史の教科書には、セント・ジョージさんはまず登場しない。そもそも実在の人物かどうかも確かではないらしい。当然ながら、その生涯もはっきりとはわかっていないんだけど、色々な資料から寄せ集めて膨らました彼の生涯のイメージを書いてみるね。(色々な説があるから、下に書くことが正確じゃないかもしれないよ。)

セント・ジョージが生まれたのは西暦263年(270年説もある)と考えられる。両親は小アジア(現トルコ領)のカッパドキアの出身だったらしい。17歳のときに彼は皇帝ディオクレティアヌス支配下の古代ローマ帝国軍の騎兵となり、やがて出世して幹部となった。

その後、皇帝ディオクレティアヌスがキリスト教の迫害を始めると、セント・ジョージは皇帝に対して迫害を止めるようにと説得しようとした。しかし、皇帝はセント・ジョージにキリスト教を棄てるようにと迫った。ところが、セント・ジョージは棄教を拒否したんだ。そして西暦303年4月23日、セント・ジョージは殉教者としてニコメディアで処刑されてしまった。

聖ジョージと黄金伝説(ドラゴン退治)

セント・ジョージのドラゴン退治の物語(黄金伝説)もヨーロッパ各地に伝わっている。そのあらすじを書いておこうかな。

リビアのサレムの街(シレナとする物語もある)の近くにある湖には、ドラゴンが住んでいた。ドラゴンは牛とヒツジを生贄に要求していた。ところが、街にいた全ての牛とヒツジはドラゴンに食べられてしまった。そこでドラゴンは街の娘たちを生贄に要求したんだ。

次は王女を生贄に差し出すというとき、街にやって来たのが戦士セント・ジョージだった。今までに多くの戦士が挑戦して命を奪われたドラゴンに、セント・ジョージが挑みかかる。十字を切ったセント・ジョージは、槍と剣を持ってドラゴンを殺したんだ。

戦うセント・ジョージの姿に神の力を見た街の人々は、キリスト教に改宗した。また、王女はセント・ジョージと結婚したとかしないとか・・・。

ブルガリアで買ったセント・ジョージのイコン そんなわけで、イコンなどに描かれるセント・ジョージはドラゴンと戦っているわけだ。(右の画像は、ブルガリアで買ったセント・ジョージのイコン。)

ちなみに、戦う姿を描かれる点で、聖ジョージと聖ミカエルは似ているよね。でも、聖ミカエルは天使だから、翼を持っているし、馬にも乗っていないんだ。そのあたりに注意すれば、見分けがつくかな。

話は変るけど、ウェールズの国旗は白と緑の地に赤いドラゴンをあしらっているよね。中世のイングランドがセント・ジョージを守護聖人としたのは、ケルト人の住むウェールズを征服しようとしていたこともあるのかもしれないね。

異教徒との戦いと聖ジョージ

ドラゴンと戦いキリスト教の信仰を守って殉教した戦士セント・ジョージは、キリスト教徒にとっては異教徒との戦いのシンボルでもある。

だから、イスラム教徒などの異教徒との戦いを強いられ、あるいは異教徒によって支配された国々では、とりわけセント・ジョージに対する崇拝が強いみたいだね。

グルジアのムツケタ修道院で見かけたセント・ジョージのイコン 例えば、アラブ・ペルシャ・トルコなどのイスラム教徒との戦いが長く続き、ついには力尽きてオスマン・トルコによって征服されたグルジア(旧ソ連)も、セント・ジョージを守護聖人としているんだ。

右の画像は、グルジアの古都ムツケタの修道院で見かけたセント・ジョージのイコン。(素朴ながらユニークなデザインが面白いね。)

余談ながら、グルジアにキリスト教徒もたらしたとされる聖ニノは、聖ジョージの親戚だとの説もある。だからグルジアでは聖ジョージ崇拝が強いのかもしれない。

スペインにおけるレコンキスタと聖ジョージ

ヴァレンシア(スペイン)の市場で買った陶器のセント・ジョージ 右の画像に写っているのは、ヴァレンシア(スペイン)の市場で買った陶器のセント・ジョージ。可愛いけど、馬にも乗っていないけど、これでもドラゴン退治の戦士だよね。

8世紀にイスラム教徒によって征服され、それから数百年に渡って15世紀までイスラム教徒との戦いを続けたスペインでも、セント・ジョージに対する崇拝が強いんだ。

ここでは詳しくは書かないけど、ガウディによるバトリョ邸(バルセロナ、スペイン)も、モチーフはセント・ジョージのドラゴン退治なんだそうな。

黒馬の聖ジョージ(あるいはブラック・ジョージ)

黒い馬に乗ったセント・ジョージ(大英博物館、ロンドン、イギリス) ところで、上にあるいくつかの画像で紹介したセント・ジョージは、陶器のものを除いて、白馬にまたがっているでしょ。これが伝統的なセント・ジョージなんだろうね。

ところが右の画像にあるイコンのセント・ジョージは黒馬にまたがっている。これは珍しいんだそうな。

この黒馬のセント・ジョージ(ブラック・ジョージとも呼ばれる)は、14世紀にロシア北部で制作されたもの。イギリスの首都ロンドンにある大英博物館で見ることができるよ。

サッカーのワールド・カップとセント・ジョージ

時代ははるかに飛んで西暦2006年のこと。ドイツでサッカーのワールド・カップが開催された。このサッカーのワールド・カップとセント・ジョージが何の関係があるんだ ? それが実はあるんだなあ。

このドイツでのサッカーのワールド・カップで、イングランド代表チームは準々決勝まで進出したんだけど、もちろんイギリスでは応援に熱がこもるよね。特にイングランドでは、代表チームの応援のために、あちこちでイングランドの旗が掲げられていた。その旗が、イングランドの守護聖人であるセント・ジョージの旗 イングランドの旗 セント・ジョージ旗 なわけだ。

ところが、このセント・ジョージ旗にイングランド人以外の人々が反発しちゃった。イスラム系の人々を含む海外からの移民もそうだし、スコットランドやウェールズでも反発があったらしい。

極めつけは、首相官邸。イギリスの首都ロンドンにあるダウニング街10番地の首相官邸では、イングランド代表チームの応援のために試合のある日にはセント・ジョージ旗を掲げることにした。ところが、イギリスの首相はイングランドの首相ではなくイギリス全体の首相だと、ウェールズやスコットランドなどからの批判が起こったんだそうな。スポーツと政治の関係は難しい。天国にいるセント・ジョージさんも苦笑しているだろうねえ。

疲れたね

読者の皆さん、このページは長くて読み疲れたでしょ。御疲れ様でした。「ヨーロッパの歴史風景」の中でも最長のページになっちゃったかな。私は「セント・ジョージ」のファンなものだから、ついつい力を入れすぎちゃった。さすがに私も疲れたけね。

セント・ジョージに関しては、まだまだ画像などもあるんだけど、御紹介するのはまたの機会に。

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