ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




西暦330年、古代ローマ帝国の皇帝コンスタンティヌスが、帝国の首都をコンスタンティノープル(現トルコ領イスタンブール)に移した。


古代ローマ帝国の新しい都コンスタンティノープル

BC658年、ビザス王に率いられたドーリア人がビザンティオンを建設した。それが、ビザンティン帝国の都コンスタンティノープル(トルコ古都イスタンブール)の起源だと伝えられている。

そして西暦330年、古代ローマ帝国の支配者となった皇帝コンスタンティヌスが、帝国の首都をイタリアローマからコンスタンティノープル(旧名ビザンティオン)に移したんだ。以後、この街は東ローマ帝国、ビザンティン帝国オスマン・トルコの都として繁栄していったわけだ。

下の画像は、現在のアヤ・ソフィア大聖堂に残るモザイクなんだけど、右側には新しい都コンスタンティノープルをイエス・キリストと聖母マリアに捧げるコンスタンティヌス帝が描かれている。ついでに、左側に描かれている人物は、アヤ・ソフィア大聖堂を捧げるユスティニアヌス帝だね。

トルコの古都イスタンブールのアヤ・ソフィア大聖堂に残るモザイク画 コンスタンティヌス帝が聖母子にコンスタンティノープルを捧げている

アジアとヨーロッパの間にあるボスポラス海峡

ボスポラス大橋とアジア側から見るボスポラス海峡(トルコ) 古代ローマ帝国の都コンスタンティノープルは、アジアとヨーロッパとの間にあるボスポラス海峡に面している。

右の画像は、そのボスポラス海峡の様子なんだ。東にあるアジア側から撮影したもの。対岸に見えているのは、イスタンブールの北に広がる新市街だね。

海峡を結んでいる橋は、西暦1973年に架けられたボスポラス大橋。水面からの高さは 64メートル、橋の全長は1,074メートルなんだって。




東西貿易の中心となったコンスタンティノープル

アジアとヨーロッパとの結節点にあり、しかも権力者のお膝元となったコンスタンティノープルが東西貿易の中心となったのは、当然のことなんだろうね。

オスマン・トルコの古都イスタンブールのエジプト・バザールで売られているスパイス(香辛料) その様子を想像させるのが、今もイスタンブールにあるエジプト・バザールかな。右の画像は、エジプト・バザールで売られているスパイス(香辛料)なんだ。

余談ながら、イスタンブール観光では、グラン・バザールが有名だよね。でも、私に言わせれば、グラン・バザールは巨大な土産物屋と化している。エジプト・バザールの方が、見て歩くには楽しいと思うんだ。

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カッパドキア、アンカラ、イスタンブール)




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