古代の新興宗教キリスト教と旧約聖書「新興宗教」と聞くと、言っちゃ悪いけどなんとなく胡散臭い印象があるよね。今でこそ世界三大宗教の一つとなっているキリスト教なんだけど、古代ローマ帝国末期の4世紀頃にはキリスト教も胡散臭い新興宗教の一つだったみたい。その成立こそ西暦1世紀なんだけど、古代ローマ帝国での迫害が終わり、古代ローマ皇帝コンスタンティヌスによってキリスト教信仰が認められたのが西暦313年のことだからね。そんな胡散臭い新興宗教ではないということを強調するために当時のキリスト教が主張したのが、古い歴史を持つユダヤ人の旧約聖書だったらしいよ。つまり、新約聖書だけではなく、旧約聖書との関係を持たせることで、キリスト教は出来たばかりの新興宗教じゃない、と言いたかったらしい。 旧約聖書に基づいて歴史を考えたキリスト教思想家そんなわけでキリスト教の聖典とされた旧約聖書に基づいて人類の・・・あるいは世界の歴史を考えた思想家たちがいるわけだ。例えば西暦263年頃に生まれたエウセビオス、西暦331年頃に生まれたヒエロニムス。ちなみにエウセビオスによれば、神さまがこの世を創造し、アダムとイヴを作り出したのは、紀元前5201年のこととされているんだって。(当時は「紀元前」なんて言い方は無かったけど、ここでは便宜的に紀元前で書いておくかな。)
上の画像は、アダムとイヴが住んでいた「エデンの園」を描いたシャガールの絵。フランス南部ニースにあるシャガール美術館で見ることが出来るよ。 代表的なキリスト教思想家アウグスティヌスそんな歴史の考え方を取り入れ、後のヨーロッパに大きな影響を与えたのが、北アフリカ出身の教父アウグスティヌスだったんだ。西暦354年に北アフリカで生まれたアウグスティヌスは、西暦384年にイタリア北部の街ミラノに移っている。しかし、異教徒だったアウグスティヌスは、西暦387年にミラノでキリスト教の洗礼を受けたんだ。 その後、アウグスティヌスはギリシャ・ローマの古代思想を取り入れ、キリスト教の教義を確立し、「神の国」「告白録」などを著していったわけだ。 アウグスティヌスの考えた人類の歴史アウグスティヌスの代表作「神の国」には、エウセビオスやヒエロニムスなどと同じく、旧約聖書に基づく人類の歴史が記されている。アウグスティヌスによれば、神さまが世界を創造しアダムとイヴを作り出したのは、紀元前5351年ということになるんだそうな。そして、人類の愚かさに腹を立てた神様が大洪水を起こし、ノアの箱舟に乗った人々と動物たちだけが生き残ったのが、紀元前3089年のことなんだそうな。
ちなみに、上の画像はミケランジェロの描いたノアの箱舟。イタリアの首都ローマにあるヴァティカン博物館の中のシスティナ礼拝堂で見ることが出来るよ。 旧約聖書と古代エジプト史の矛盾ところが、エウセビオスやヒエロニムスなどの先達と同様にアウグスティヌスが苦しんだのが、旧約聖書に基づく歴史と古代エジプトの歴史との矛盾なんだ。紀元前3世紀のエジプトの神官マネトが著したエジプトの歴史によれば、古代エジプトの歴史は紀元前5599年に始まることになるんだそうな。これじゃアウグスティヌスの主張する紀元前5351年の人類創造よりも前にエジプトの歴史が始まったことになったことになるものねえ。(下の画像はエジプトの首都カイロ近くにあるギザの三大ピラミッドの眺め。)
ちなみに、現代の歴史学者が考えるところでは、紀元前3100年頃にエジプトに統一王朝が成立したんだそうな。アウグスティヌスの考えでは、紀元前3089年の大洪水ではノアの箱舟に乗った8人だけが生き残り、彼らが諸民族の先祖となったというんだ。この点でもアウグスティヌスの歴史の見方は苦しいよね。 いずれにしても、この旧約聖書に基づく歴史と古代エジプトの歴史との矛盾について、アウグスティヌスも先駆者たちも明確で納得できる答は出していないんだ。それでも、彼の考えは近代に至るまでヨーロッパの人々に影響を与えてきたんだけどね。
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