ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




西暦451年、ゲルマン系アレマン人の侵入により、アルザス地方(今はフランス領)の街ストラスブールが壊滅した。


ケルト人の土地アルザスと
古代ローマ帝国による支配

現在はフランス領となっているアルザス地方には、紀元前1500年頃からケルト人が住んでいたんだ。ところが、紀元前1世紀の半ば頃からゲルマン系のスウェビ族がアルザス地方に勢力を伸ばし始めた。

その圧迫を逃れるためにアルザス地方のケルト人が助けを求めたのが、古代ローマ帝国のシーザー(カエサル)だった。紀元前58年、シーザーはゲルマン系スウェビ族の王を撃ち破り、更にはガリアのウェルキンゲトリクスに打ち勝った。その結果、アルザス地方を含むガリアが古代ローマ帝国の版図に入ったわけだ。

その後、シーザーの養子オクタヴィアヌスがアウグストゥスとして古代ローマ帝国の初代皇帝となった。その養子となったドルススはライン駐留軍を率いてアルザス地方に駐屯。ドルススの築いた要塞都市アルゲントラトゥムが今のストラスブールの起源だと考えられている。

古代ローマ帝国によるアルザス支配とブドウ畑

今のアルザス地方でワイン作りのためのブドウの栽培が始まったのは、西暦2世紀の頃、つまり古代ローマ帝国の支配下にあった頃だと考えられている。

その後もアルザス地方のブドウ畑は広がり、ワイン作りはアルザス地方の主要産業の一つになっているんだ。(下の画像はアルザス地方ヴォージュ山脈東麓に広がるブドウ畑の様子。)

ヴォージュ山脈の東麓にあるブドウ畑(フランス)

ゲルマン系アレマン人の侵攻によって
アルザス地方の街ストラスブールが壊滅

ところが、西暦3世紀頃からは、ゲルマン系アレマン人がアルザス地方に姿を見せ始めた。そして西暦405年、アルザス地方の要塞都市アルゲントラトゥム(現在のストラスブール)に駐屯していた古代ローマ帝国の軍団がイタリアへ帰国してしまった。本国イタリアで西ゴート族と戦い、都ローマを防衛するためだった。

ローマ帝国の軍団がいなくなれば、アルザス地方の守りは無いも同然だった。ゲルマン系アレマン人の侵入は本格化した。しかも、西暦451年にはフン族がアルザス地方を通過。アルザス全土が荒廃したんだ。

その同じ西暦451年、古代ローマ帝国によって築かれた要塞都市アルゲントラトゥム(現在のアルザス地方の中心都市ストラスブール)が、ゲルマン系アレマン人によって壊滅に追い込まれた。

フランク王国・神聖ローマ帝国支配下のアルザス地方

ゲルマン系アレマン人は、ストラスブールを中心とするアルザス地方に住み着いた。ストラスブールは彼らの手によって再建されたんだ。

そして西暦496年、アルザス地方のアレマン人はフランク王国のクローヴィスに征服された。以後、アルザス地方はフランク王国、そして神聖ローマ帝国によって支配されることとなった。

しかし、アルザス地方に定着したゲルマン系アレマン人は、ここで独自の文化を育てていったんだ。例えば、その代表が独特なアルザス語。このアルザス語は、アレマン人が使っていた西ゲルマン語系アレマン語から発達したもの。また、アルザス地方には、アレマン語を起源とする人名や地名も多いんだそうな。

その後のアルザスとストラスブール

西暦1230年頃、アルザス地方に隣接するスイスのザンクト・ゴットハルト峠が開通。イタリアからスイスを経て運ばれてきた物資は、このアルザスを通過して北へ運ばれるようになった。その結果、アルザスが経済的に発展したんだそうな。

フランス東部アルザス地方の街ストラスブールのプチ・フランス地区の風景 フランス東部アルザス地方の街ストラスブールのプチ・フランス地区の風景 フランス東部アルザス地方の街ストラスブールのプチ・フランス地区の風景 フランス東部アルザス地方の街ストラスブールのプチ・フランス地区の風景

13世紀前半、アルザスの中心都市ストラスブールでは、市の発展に対応して市壁の拡張が行われた。上の画像に写っているストラスブールのプチ・フランス地区の監視塔は、その頃に建てられたものなんだそうな。(四つの監視塔のうち、三つが現存。)

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