ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




紀元前 600年頃、古代ギリシャ人がイタリア南部にポセイドニア(現在のパエストゥム)の街を築いた。


イタリア南部にあるパエストゥム遺跡

イタリア南部にあるパエストゥムの駅 ある年の6月、サレルノから列車に乗り込んだ私は、パエストゥムの駅に降りた。右の画像に見る通り、何にもない駅。ただ、天気だけはバカみたいに良かったね。

私は列車に乗り間違えてこの駅に降りたわけじゃない。(確かに私はイタリアで列車に乗り間違えて、エライ目にあったことがあるけどさ。)

この南イタリア(カンパーニャ地方)の片田舎にあるとっても重要な古代遺跡を見に来たんだ。

イタリア南部にあるパエストゥム遺跡のシレナ門(サイレン門) パエストゥム駅前の一本道を歩く。信号もない交差点の向こう側に見えるのは、右の画像にある石造りの門。これがシレナ門(あるいは、サイレン・ゲート)。

この門をくぐり、更に真っ直ぐ歩けば、目指すパエストゥムの遺跡があるはず。そこでは、シシリアに勝るとも劣らない見事な古代ギリシャ神殿を見ることが出来るんだ。

イタリア南部の古代都市ポセイドニア(パエストゥム)

ポセイドニアの街(現在のパエストゥム)の街を古代ギリシャ人が築いたのは、紀元前600年頃のことだった。その後、灌漑工事を行いながら市域は拡大し、ポセイドニアは発展していった。その経済的な繁栄の結果が、今に残るいくつもの古代神殿の建設だったわけだ。

しかし、紀元前510年頃に母市シバリ(同じくイタリア南部にあるギリシャ系都市)が破壊され、ポセイドニアの繁栄にも翳りが見え始めた。

そして紀元前400年頃、ルカニア人がポセイドニアの街を征服し、街はパイストンと呼ばれるようになった。また、紀元前4世紀の後半には、あのアレクサンダー大王の叔父にあたるエピルス王アレクサンダーがポセイドニアに攻め寄せたという説もある。

その後、西暦273年には古代ローマによって植民市とされ、その名をパエストゥムと改められた。ローマ人たちは、古代ギリシャの神殿の傍らにローマ風の広場や円形闘技場などを築いたんだ。

古代都市パエストゥムの衰退

紀元前73年に起こった剣闘士スパルタクスの乱に際しては、戦火がパエストゥムにも及んだらしい。その頃から、パエストゥムは次第に衰退し始めた。また、キリスト教が普及してからは、古代ギリシャ神殿もキリスト教の教会として使われたんだそうな。

そして西暦476年、西ローマ帝国が滅亡した。その頃からパエストゥム周辺は地盤沈下によって湿地となり、マラリアが流行して人口が減り始めた。

更にゴート族やロンバルディア族の侵入が街の衰退に追い討ちをかけ、西暦8−9世紀にはパエストゥムの街は完全に捨てられてしまったんだそうな。

パエストゥム遺跡のアテナ神殿(かつてはケレス神殿)

歴史の話は終わりにして、いよいよパエストゥムの遺跡を見て歩こうかな。まずは、アテナ神殿の全景(下の画像)から。

イタリア南部にあるパエストゥム遺跡のアテナ神殿(かつてはケレス神殿とされていた)

この神殿は、かつてはケレス神殿だと考えられていたんだ。だから、今でもケレス神殿として紹介している資料もあるみたいだね。

聖なる道と二つのヘラ神殿

続いては下の画像だ。石畳の道の向こうに大きな神殿が二つ見えているね。

イタリア南部にあるパエストゥム遺跡のヘラ第二神殿(かつてネプチューン神殿)とヘラ第一神殿(かつてバシリカ)

まず石畳の道は、「聖なる道」と呼ばれている遺跡。二つの神殿のうちで手前に見えるのはヘラ第二神殿(かつてはネプチューン神殿とされていた)、遠くに見えるのがヘラ第一神殿(かつてはバシリカだと考えられていた)。

パエストゥム国立考古学博物館と
「飛び込み男の墓」のフレスコ画

このパエストゥムの遺跡に隣接して、国立考古学博物館が設けられている。そこでは、パエストゥムや周辺の遺跡からの発掘品を見ることが出来る。

その中でも代表的なものが、下の画像にある「飛び込み男の墓」のフレスコ画かな。この墓の主は飛び込みが得意だったのかな ?? そんな私の素朴な疑問に答えてくれる資料が見当たらないんだけどね。

イタリア南部パエストゥム遺跡の国立考古学博物館にある「飛び込み男の墓」のフレスコ画

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関連リンク

旅行記「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」
第二部「パエストゥム・サレルノ編」



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