古代エジプト新王国のファラオ ラムセス2世紀元前1304年、古代エジプト新王国第19王朝のファラオとして、ラムセス2世が即位した。67年も君臨したラムセス2世は、古代エジプトのルイ14世ともいうべき王。彼はラムセス大王とも呼ばれているんだ。(下の画像は、エジプトの古都メンフィスに残されたラムセス2世の巨像。)
ヒッタイトを撃ち破ったカデシュの戦い
古代エジプトの王ラムセス2世が名を残しているのは、即位から間もない西暦1275年のカデシュの戦いで、ヒッタイトを撃ち破ったこと。(右の画像は、古代エジプトとヒッタイトとの戦いを描いたレリーフ。アブシンベル大神殿で見ることが出来る。)しかし、当時小アジア(今はトルコ領)を中心に栄えていたヒッタイトは、鉄器の製造技術を持ち、オリエントでも屈指の強国だった。カデシュの戦いには敗れても、シリアの北部はヒッタイトが支配を維持していたんだ。 やがてラムセス2世はヒッタイトと同盟を結び、古代エジプトとヒッタイトの両国でもって当時のオリエント世界に覇をとなえることを選んだわけだ。 アブシンベル大神殿強国ヒッタイトと同盟を結んでその王女と結婚したラムセス2世統治下の古代エジプトは、更なる繁栄を謳歌することが出来た。そんなラムセス2世が残したのが、ナイル川の上流にあるアブシンベル大神殿(下の画像)。
上の画像に写っている巨大な坐像は、いずれもラムセス2世を描いているんだそうな。
それだけじゃなく、アブシンベル大神殿の中に入れば、オシリス神の格好をしたラムセス2世の立像が8体も並んでいる。(右の画像)ところが、これだけでも満足できなかったのか、大神殿の中では他にもいくつものラムセス2世の像を見ることが出来るんだ。 更に王妃ネフェルタリのために築いたアブシンベル小神殿にもラムセス2世の像ばかりなんだ。古代エジプト新王国を代表する王ラムセス2世って、とんでもない自己顕示欲の持ち主だったんだろうね。 しかし、それでも自己顕示欲が満たされなかったラムセス2世は、カルナック神殿やルクソール神殿の像や列柱に残されていた過去のファラオたちの名前を削り取り、自分の名前を刻ませたらしいよ。 モーゼの出エジプト(旧約聖書)これだけの建築工事を行うには、多くの労働者が必要だよね。それが古代ユダヤ人だったという説がある。つまり、古代ユダヤ人(ヘブライ人)たちを働かせてこれだけの建築工事を行ったというわけだ。そして、あまりの苦しい労働に耐えられなくなったユダヤ人(ヘブライ人)たちは、集団でエジプトから逃げ出した。それが旧約聖書にあるモーゼの出エジプトだと説明する学者もいる。
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