ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




紀元前2667年、古代エジプト古王国第三王朝のジェセル王が即位。彼はサッカラの階段ピラミッドを残した。


ナイル川上流まで征服した
エジプト古王国のジェセル王

まずは下の画像を見て欲しいんだ。白い帆の小舟がかなたの水面に浮かんでいるのが見えるかな。これが何処の風景かといえば、エジプトの首都カイロから南に下り、カルナック神殿のあるルクソール付近のナイル川の眺めなんだ。

白い帆の小舟が浮かぶナイル川の風景(エジプト) 白い帆の小舟が浮かぶナイル川の風景(エジプト) 白い帆の小舟が浮かぶナイル川の風景(エジプト) 白い帆の小舟が浮かぶナイル川の風景(エジプト)

ここから更に南へと下っていけば、ダムで有名なアスワンアブ・シンベル大神殿に至るわけだ。ところで、スーダン国境手前のアブ・シンベル大神殿までの土地が昔からエジプトの領土だったわけじゃないんだ。

上下エジプトの統一とジェセル王によるヌビアの征服

かつてエジプトは北部の下エジプト王国と南部の上エジプト王国に分裂していた。二つの王国が統一されたのがいつか、正確な年代は不明ながらも、紀元前3100年頃と推定されている。

その後、古王国第三王朝のジェセル王が即位したのが紀元前2667年(あるいは2668年)。シナイ半島にあった銅鉱山の開発などによってエジプトの国力を充実させたジェセル王は、やがてナイル川を南に向かって進出し、アスワン付近まで征服したんだそうな。

今も独自の文化を残すヌビア人

ジェセル王によって古代エジプトの領土に組み入れられたエジプト南部のナイル川流域には、ヌビア人たちが住んでいた。独自の言語を持つヌビア人は、古代エジプト人とは別系統の民族だったらしいよ。

古代エジプト王国によって征服されてから5千年。独自のヌビア語を持ちながらも文字を持たず、またダムの造成などによって村落を破壊されたヌビア人の独自の文化は危機に瀕しているらしい。

それでも、ヌビア人たちはヌビア独自の文化を守り続けていこうとしているんだそうな。(下の画像は、アスワン近くのレストランで見たヌビアン・ダンス。)

エジプト南部のレストランで見たヌビアン・ダンス エジプト南部のレストランで見たヌビアン・ダンス エジプト南部のレストランで見たヌビアン・ダンス エジプト南部のレストランで見たヌビアン・ダンス

ジェセル王の残したサッカラの階段ピラミッド

エジプト古王国第三王朝のファラオ(王)ジェセルがエジプトに残したものは、ヌビア問題とナイル上流地域のほかに、サッカラの階段ピラミッド(下の画像)がある。

古代エジプトの王ジェセルの残したサッカラの階段ピラミッド 古代エジプトの王ジェセルの残したサッカラの階段ピラミッド 古代エジプトの王ジェセルの残したサッカラの階段ピラミッド 古代エジプトの王ジェセルの残したサッカラの階段ピラミッド

この階段ピラミッドがギザの三大ピラミッドなどに至るピラミッドの先駆的な形なのかどうか、学者の先生がたは議論しているみたいだね。その答がいつになれば明らかになるのかわからないけど、とりあえずは階段ピラミッドの前でポーズを撮ってくれたラクダ君に感謝 !! 色彩的にも構図的にも画像を盛り上げてくれているよね。

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関連リンク

旅行記 「エジプトの旅」
(カイロ、ルクソール、アスワン、アブシンベルなど)




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