ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1085年、カスティリア王アルフォンソ6世によって、イスラム教徒の手から古都トレドが奪還された。


スペインの古都トレド

かつての西ゴート王国の古都トレド(スペイン) スペインの首都マドリッドの南にあるトレド(右の画像)は、スペインの古都ともいうべき街なんだ。

古代ローマ帝国時代にはトレトゥムと呼ばれていたトレドは、フランク王国に敗れた西ゴート王国によって、西暦507年にその首都とされた。

しかし、西暦711年にイベリア半島に上陸し、西ゴート王国のロドリゴ王を破ったイスラム教徒軍は、その時の10月には首都トレドを陥落させてしまった。

その後しばらくは西ゴート王国の抵抗が続いたけれども、西暦713年には西ゴート王国も滅亡してしまった。

キリスト教徒によるレコンキスタとトレド奪還

かつて西ゴート王国の首都だったトレドは、それ以後はイスラム教徒の支配下にあったわけだ。

しかし、西暦1082年、カスティリア王アルフォンソ6世の軍がトレドの街を包囲した。当時のトレドの支配者だったアル・カーディルは、攻め寄せるカスティリア王アルフォンソ6世と交渉し、トレドの街を放棄したんだ。

ところが、トレドの市民はカスティリア軍に対する抵抗を続けた。それから3年間が経過し、食料の供給さえも途絶えたトレド市民は、ついに抵抗を諦め、寛大な条件を提示したカスティリア王アルフォンソ6世に降伏したんだ。それが西暦1085年5月6日のことだった。

かつての西ゴート王国の古都トレド(スペイン)

破られた約束とトレド大聖堂

アルフォンソ6世は、トレド市民の降伏と引き換えに、寛大な条件を示していたんだ。例えば、イスラム教徒がトレドにとどまっても生命・財産・信仰が保証されること、市を離れることも自由であること、イスラム教徒に対する課税を強化しないこと等。

古都トレドの大聖堂(スペイン) しかし、イスラム教徒にとって重大なことは、トレド市内の大マスジド(大モスク)が永久にイスラム教徒から奪われないという条件だった。

ところが、クリュニー修道院出身の新しいトレド大司教ベルナルドは、イスラム教徒の大マスジドを取り上げ、キリスト教徒のための大聖堂にしてしまった。(左の画像は、1227年に着工され、1493年に完成した現在の大聖堂の様子。)

その大聖堂は、その後のスペインのカトリックの総本山となったんだ。

【参考】都市別ツアー検索





トレドの名物料理 子豚の丸焼き

スペインの古都トレドの名物料理 子豚の丸焼き 話は変るが、この古都トレドの名物料理は、「子豚の丸焼き」(右の画像)なんだって。

残念ながら、私は食べる機会がなかったんだけど、美味しいのかな。食べたことのある人、教えてください !!

と、書いたところ、家内からクレームが付いた。子豚の丸焼きは、トレドではなくセゴビア名物なんだそうな。トレド名物は、「ギョーザみたいな形のアーモンドの粉のお菓子」なんだそうな。そうだったっけ ?? 私はまだ納得していないんだけどなあ...。



関連書籍

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関連リンク

旅行記 「春のスペイン」
(古都トレド、首都マドリッド、闘牛)




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