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西暦507年、ガリア(現フランス)において、フランク王国・ブルグント王国連合軍が西ゴート王国軍を撃ち破った。
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体制を立て直したブルグント王国
ブルグント王国のゴンドバルド王のページでも書いたけど、クローヴィス王支配下のフランク王国に敗れたゴンドバルド王(あるいはゴンドボー王)は、アヴィニョンに本拠地を移してブルグンド王国を立て直したんだ。
そのブルグンド王国はロワール川流域をも領土に含み、歴史ある港町マルセイユもゴンドバルド王の支配下にあったらしい。(下の画像は丘の上に立つノートルダム寺院から見下ろしたマルセイユと地中海。ついでながら、このマルセイユのブイヤベースが美味い !! )
フランク王国・ブルグント王国 vs 西ゴート王国
さて、戦いに敗れながらもブルグント王国を立て直したゴンドバルド王を評価したフランク王国のクローヴィス王なんだけど、ブルグント王国との対決姿勢を転換し、共同して西ゴート王国に対することとしたらしい。昨日の敵は今日の友か。(ちなみに、当時のガリア、つまり今のフランスでは、北にフランク王国、東南にブルグント王国、西南に西ゴート王国が鼎立するというガリア版三国志の状態になっていた。)
そして西暦507年、フランク王国とブルグント王国の連合軍が西ゴート王国軍を撃ち破り、ガリアの地はフランク王国とブルグント王国が二分する状況となったわけだ。他方の西ゴート王国はスペインの古都トレドに拠点を移している。(下の画像はスペインの古都トレドの眺め。)
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