ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1094年、中世スペインの英雄エル・シドが、イスラム教徒の支配下にあったヴァレンシアを征服した。


イスラム教徒の支配下のヴァレンシア(スペイン)

西暦711年、イベリア半島南部のジブラルタル付近に上陸したイスラム教徒は、瞬く間に半島全域を征服していった。

ヴァレンシアとマドリッドの略図(スペイン) そして西暦714年、イベリア半島東部の地中海沿岸の街ヴァレンシア(右の略図を参照)も、イスラム教徒に征服されてしまったんだ。

ヴァレンシアを征服したイスラム教徒は、西ゴート王国時代の教会(古代ローマ帝国時代の神殿跡に建てられていた)をモスクに変えてしまった。

中世スペインの英雄 エル・シドによるヴァレンシア征服

スペインのヴァレンシアにあるカテドラル(大聖堂) その後、西暦1094年、中世スペインの英雄 エル・シド(あるいはエル・シッド、本名はロドリーゴ・ディアス・デ・ビバル)がヴァレンシアを征服し、モスクとされていたかつての教会を、再びキリスト教の聖堂(サンタ・マリア教会)に復帰させたんだ。

右の画像は、そのサンタ・マリア教会の跡に13世紀に建てられたヴァレンシア大聖堂(カテドラル)。

イスラム教徒によるヴァレンシア奪還

しかし、イスラム教徒からもキリスト教徒からも恐れられたエル・シドも、西暦1099年に亡くなってしまった。ヴァレンシアの奪還を目指して攻撃を仕掛けるイスラム教徒。エル・シドの未亡人ヒメーナは必死の防戦に努める。

しかし、ヴァレンシア救援に駆けつけたカスティリア王の勧めにより、西暦1102年にエル・シド未亡人ヒメーナはヴァレンシアを放棄して退去。ヴァレンシアを奪還したイスラム教徒たちは、サンタ・マリア教会を再びモスクに変えたんだ。

下の画像は、ヴァレンシアからバルセロナへと向かう列車の中から見た風景。カスティリア王国を追放され、一匹狼として独自の領国を築いたエル・シドは、この土地を舞台にイスラム教徒たちと戦ったんだね。

スペインのヴァレンシアからバルセロナへ向かう列車の中から見た風景




その後のヴァレンシア

スペインのヴァレンシアにあるカテドラル(大聖堂) 西暦1102年にイスラム教徒によって奪還されたヴァレンシアは、最終的にアラゴン・カタルーニャ連合王国によって征服されたんだ。それが西暦1238年のこと。

その後、モスクにされていたエル・シドのサンタ・マリア教会のあった場所にカテドラル(大聖堂)が建設されたんだ。18世紀には、そのカテドラルはバロック様式に改装(右の画像)されている。

【参考】都市別ツアー検索


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関連書籍

参考になる・・・かもしれない本を探してみました。



関連リンク

旅行記 「ヴァレンシアの火祭りとバルセロナ」

旅行記 「バルセロナで冬の休暇(スペイン)」
(アントニオ・ガウディとパブロ・ルイス・ピカソ)




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