自治都市ボローニャとボローニャ大学
古来より、現在のボローニャのある場所は、イタリア半島の交通の要衝だった。故にイタリア半島を通行する諸民族は、ボローニャを支配下においてきたわけだ。紀元前6世紀頃のボローニャはエトルリア人の支配下にあった。その後、古代ローマ帝国時代には、イタリア半島の南北を結ぶエミリア街道の抑えとされた。 その後、西暦6世紀から8世紀にかけては、ビザンティン帝国、ロンバルド族、フランク族の支配を受けている。
そして11世紀、ボローニャが自治都市となった。自治都市となったボローニャに、ボローニャ大学が設立されたのは、西暦1088年のこと。右の画像は、西暦1803年までボローニャ大学の一部として使用されていたアルキジンナージオ宮殿。(但し、この宮殿は14世紀の建物だけどね。) やがてボローニャ大学は、ヨーロッパでも有数の法学研究のメッカとなった。西暦1262年には、ボローニャ大学の学生数は1万人を越えていたらしいよ。
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サン・ステファノ教会群
同じく11世紀のボローニャで建築が始まったものに、サン・ステファノ教会群(右の画像)がある。サン・ステファノ教会群とは、聖十字架教会、聖セポルクロ教会、聖トリニタ教会の三つの教会の総称。そのうち聖十字架教会の建設が11世紀に始まっているんだ。 関連書籍参考になる・・・かもしれない本を探してみました。
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