ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1795年、ナポレオンがパリで王党派の暴動を鎮圧し、やがて師団長に昇進した。


コルシカ島生まれのナポレオン

西暦1769年8月15日、フランス領コルシカ島でナポレオン・ボナパルトが生まれた。コルシカ島は長くイタリアのジェノヴァの領土だったんだけど、ナポレオンが生まれる前の年にフランス領となっていた。

ナポレオンの父は決して裕福とはいえない弁護士だったけど、それでもコルシカ島の貴族だった。そのおかげで、ナポレオンはフランスの兵学校、更には士官学校に入ることが出来たんだ。西暦1785年に士官学校を卒業したナポレオンは、砲兵少尉として任官した。彼の前には高級将校への道が開けていたらしい。

コルシカの独立か、フランス革命か

ところが、西暦1789年にフランス革命が勃発した。その機に乗じて、ナポレオンの故郷コルシカ島では独立運動が活発になった。ジェノヴァからの独立を目指す運動に参加していた父を持つナポレオンも、長い休暇を取ってコルシカ島で独立運動に参加していたらしい。

それから3年が経った西暦1792年、つまりパリの民衆がテュイルリー宮殿を襲ってフランス王ルイ16世を監禁した年、ナポレオンは大尉に昇進してパリに転任となった。そのパリで人々が自由を求めて戦う様子を目の当たりにしたナポレオンは、コルシカ島の独立運動よりもフランス革命に共感を覚えたらしい。

コルシカの独立よりもフランス革命を選んだナポレオンは、故郷コルシカ島の人々と共に生きることはできなくなった。そして西暦1793年6月、ナポレオンの一家はコルシカ島を脱出し、フランス南部のマルセイユに亡命したんだ。(下の画像は、丘の上から眺めた現在のマルセイユの街。)

丘の上から見渡すマルセイユの街(フランス南部) 丘の上から見渡すマルセイユの街(フランス南部) 丘の上から見渡すマルセイユの街(フランス南部) 丘の上から見渡すマルセイユの街(フランス南部)

【参考】都市別ツアー検索


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ジャコバン派とロベスピエールの失脚

コルシカ独立よりもフランス革命を選んだナポレオンは、急進的共和派のジャコバン派を熱狂的に支持していたらしい。そんなナポレオンはロベスピエールの弟の庇護を受け、軍の中で昇進を続けていた。

西暦1793年、砲兵隊長になっていたナポレオンは、イギリス軍の占領するトゥーロンの解放に活躍し、その功績によって師団長にまで昇進しているんだ。

ところが西暦1794年、テルミドール9日の政変によってロベスピエールが逮捕され、革命広場、つまり今のコンコルド広場(下の画像)でギロチンによって処刑された。ナポレオンも、ロベスピエール派との関係から投獄されてしまったんだ。

かつてギロチンで処刑が行われていたコンコルド広場(フランス、パリ) かつてギロチンで処刑が行われていたコンコルド広場(フランス、パリ) かつてギロチンで処刑が行われていたコンコルド広場(フランス、パリ) かつてギロチンで処刑が行われていたコンコルド広場(フランス、パリ)

そのまま処刑されてしまっていれば、後の皇帝ナポレオンは生まれなかった。ところがナポレオンの才能を惜しむ人々の力により、彼は二週間の牢獄生活で解放されたんだそうな。




王党派の鎮圧と師団長昇進

牢獄を出たナポレオンは、国民公会議員のバラスによって引き立てられることとなった。しかも、そのバラスは後に成立した総裁政府の重鎮にもなっている。そして西暦1795年、総裁バラスはナポレオンを国内軍副司令官に任じ、パリにおける王党派の暴動の鎮圧にあたらせている。

王党派の鎮圧において活躍したナポレオンは、やがて師団長に昇進し、フランス国内軍司令官に任じられている。(下の画像はフランスの首都パリにあるオルセー美術館のテラスから眺めたセーヌ川チュイルリー庭園、ルーブル美術館。)

オルセー美術館のテラスから見渡すセーヌ川とチュイルリー庭園、ルーブル美術館(フランス、パリ)

英雄ナポレオンの物語はまだまだ続く・・・んだけど、とりあえずこのページはここでおしまい。ナポレオンはまた後で登場するからね。

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(パリ、ロワール、ノルマンディ、シャルトル)




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