ローマ併合とイタリア統一の完成
サルディニア王家出身のヴィットリオ・エマヌエレ2世を王とするイタリア王国が成立したのは西暦1861年3月17日のことだった。でも、その王国には重大な欠陥があったんだ。というのも、古代ローマ帝国から続く永遠の都ローマは、イタリア王国の領土とはなっていなかった。ローマは法王の支配下に置かれていた。 そして西暦1870年9月20日、イタリア王国軍がローマを占領し、翌月には王国に併合しちゃった。ここにイタリア王国によるイタリア全土の統一が完成したわけだね。そして、それまでフィレンツェに置かれていたイタリア王国の都は、翌年の7月2日にローマへ遷されたんだ。 ところが、無理やりにローマを取り上げられ、イタリア王国に統一されちゃった法王は怒っちゃった。ヴァティカンの奥に引きこもり、イタリア王国と対立を続けたんだ。(右の画像は月明かりのローマに浮かび上がるヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂。) ラテラノ協定によるイタリアとローマ法王との和解イタリアとローマ法王との対立は60年近くも続くことになった。そして、西暦1929年2月11日、ムッソリーニ支配下のイタリアとローマ法王庁との間にラテラノ協定が成立し、ようやく両者は和解することが出来たんだ。
ラテラノ協定によって、ヴァティカン市国は独立の国として存在を認められた。左の画像にあるのは、ヴァティカン市国とイタリアとの国境の様子なんだ。白い木の柵があるだけなんだけど、これでも立派な国境なんだ。 |