ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1948年、イギリス統治下にあったロードス島が、ギリシャの領土となった。


小アジア(現トルコ領)の南に浮かぶロードス島

地中海東部、現在はトルコ領の小アジア(アナトリア)の南に浮かぶロードス島。その島からは小アジアの山々(下の画像)が良く見えるんだ。というのも、小アジアとロードス島との距離は、たった 18km しかないから。

ロードス島から間近に見えるトルコ領の小アジア(ギリシャ)

しかも、その島の位置はボスポラス海峡と地中海東部オリエントとを結ぶ海上交通の要地にある。となれば、古来よりロードス島が多くの民族と文明の通り道になったのはやむをえないことなのかな。




多くの民族・文明とロードス島

紀元前15世紀頃にはミノア人、続いてアカイア人、更にドーリア人が島に渡ってきた。ペルシャが勢力を拡大すれば、ロードスはその配下に入らざるを得なかった。

やがては古代ローマ帝国・ビザンティン帝国の領土となり、西暦7世紀にはイスラム教徒によって占領された。

西暦1082年にはイタリアの海洋都市国家ヴェネツィアの勢力下に入り、続いて十字軍、ジェノヴァ、ビザンティン帝国と島の主は移り変わっていったんだ。

西暦1308年には聖ヨハネ騎士団の本拠となり、しかし西暦1522年にはオスマン・トルコがロードス島を占領。(その後、聖ヨハネ騎士団はマルタ島に本拠地を置くことになった。)

しばらくはオスマン・トルコの時代が続いたけど、西暦1912年にはイタリアがロードス島を勢力下に入れた。そして第二次世界大戦の後にはイギリスの統治下に入った。

そして、ギリシャ系住民の多いロードス島がギリシャの領土となったのは、西暦1948年のこと。そして今、ロードス島は地中海でも有数の観光地になっている。(下の画像は、ロードス島から見た夕陽。)

ロードス島で見た夕陽(ギリシャ)

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(サントリーニ島、ロードス島、クレタ島)




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