ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1543年、ポーランドのニコラス・コペルニクスが地動説を発表した。


1枚のポーランド紙幣

ここに一枚の紙幣がある。かなり古くて、相当に汚れているんだけどね。その紙幣に描かれているのは...何処となく天体を示す図のようにも見えるよね。しかも、これはポーランドの紙幣(下の画像)なんだ。ということは、...

ポーランドの1000ズロチ紙幣

地動説を発表したポーランドのニコラス・コペルニクス

その紙幣をひっくり返してみれば、描かれているのはニコラス・コペルニクス(下の画像)だった。西暦1543年5月23日に地動説を発表したポーランドの学者だね。

ポーランドの1000ズロチ紙幣




コペルニクスの生涯

西暦1473年に生まれたコペルニクスは、早くに父を亡くし、司教をしていた伯父によって育てられたんだ。ポーランドで神学を学んだ後、イタリアに留学した彼は、そこで法律と医学を学んだ。

ポーランドに帰国後、伯父がなくなった為に孤独になったコペルニクスは、独学で天文学を研究したらしい。そのうちコペルニクスは古代ギリシャの天文学者アリスタルコスの説に着目したんだ。つまり、太陽は宇宙の中心にあるんじゃないかって考えだね。

やがて彼は動いているのは太陽じゃなくて地球だとの考え(地動説)をパンフレットにしたんだ。西暦1514年頃のことらしい。でも、天動説を説く教会の追及を恐れてパンフレットには自分の名を書かなかった上に、一般には公開しなかったんだ。

でも、死の直前になって、コペルニクスは地動説を発表することを決意した。その結果、彼の考えが一般に発表されたわけだ。

その後、彼の考えはケプラーやガリレオに影響を与えた。でも、地動説を真っ向から主張したガリレオは教会によって糾弾され、幽閉のうちに生涯を終わることを余儀なくされている。ちなみに、ローマにあるカトリックの教皇庁がガリレオの名誉を回復したのは、西暦1985年になってからだった。

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