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西暦1633年、イタリア・バロックの巨匠ベルニーニを育てた枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼが亡くなった。
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枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼと バロックの巨匠ベルニーニ
西暦1633年、イタリアの名門ボルゲーゼ家の出身だった枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼが亡くなった。
右の画像は、その枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼの肖像なんだけど、イタリア・バロックの巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの手によるもの。実はこの二人には、切っても切れない関係があったんだ。
西暦1605年、ボルゲーゼ家のカミッロ・ボルゲーゼがローマ教皇パウルス5世として即位した。やがて教皇は可愛がっていた甥のシピオーネ・ボルゲーゼを枢機卿の地位につけることになる。
他方、イタリア南部の街ナポリで生まれたジャン・ロレンツォ・ベルニーニは、その西暦1605年に父親と共にローマにやってきた。そして、彫刻家だった父親の指導を受けながら、同じく彫刻家の道を目指し始めた。
美術品のコレクションに熱心だった枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼは、若き彫刻家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニに制作を依頼し始めた。
右の画像は、西暦1623年頃に描かれたベルニーニの自画像なんだけど、ちょうどその頃にベルニーニは枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼの依頼によってある作品を制作中だった。それが彼の初期の代表作となるわけだ。
ベルニーニの初期の代表作「アポロとダフネ」像
西暦1625年、枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼの依頼によって制作されたベルニーニの初期の代表作「アポロとダフネ」像(下の画像)が完成した。
枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼは、上の「アポロとダフネ」の他にも多くの作品を若き日のベルニーニに制作させている。そして、ベルニーニは次第にローマの美術界で地位を確立していったわけだ。枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼは、バロックの芸術家ベルニーニの育ての親とも言えるわけだね。
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