幾度も戦乱に巻き込まれたアルザス
リースリンクやゲヴルツトラミネールなどを中心とするアルザス・ワインのファンも多いかもしれないね。もちろん私もその一人。シャルドネを中心とするブルゴーニュの白も好きだけど、アルザスの白ワインも捨てがたいよね。 ところで、ブルゴーニュのワインの都といえば、コート・ドールのボーヌだよね。対してアルザスのワインの都といえば、右の画像にあるコルマールの街かな。 見るからに平和な風景でしょ。ところが、このコルマールの街を含むアルザス地方は、歴史上何度も戦乱に巻き込まれてきたんだ。 近くは第二次世界大戦、その前の第一次世界大戦、19世紀には普仏戦争。古来よりフランスとドイツの戦いの場となってきたのが、このアルザスだったんだ。 三十年戦争とアルザス西暦1618年、ドイツを舞台に三十年戦争が勃発した。基本的にはキリスト教の新教と旧教との対立だったんだけど、それに複雑な利害が絡んで諸外国が介入。本来はカトリックのフランスは、ハプスブルク家に対抗するために新教徒陣営について参戦したんだ。
三十年戦争も半ばを過ぎた西暦1632年、新教徒側のスウェーデン軍がアルザスの中心となる街ストラスブールに入城した。(右の画像はストラスブール大聖堂。)西暦1634年、スウェーデン軍は同じ新教徒陣営に立って戦っていたルイ14世のフランスに、アルザスの占領地域を引き渡したんだ。 そして西暦1648年、三十年戦争が終結し、ウェストファリア条約によりフランスのアルザス領有が認められた。 フランス王ルイ14世とアルザスところが、これで話は終わらない。一旦はフランスに帰属することとなったアルザスなんだけど、西暦1674年に神聖ローマ帝国軍がフランス軍を撃ち破り、ストラスブールに軍を進めたんだ。もちろん戦争ばかりしていたフランス王ルイ14世が黙っているはずがないね。直ちに反撃を開始。西暦1677年にはアルザスで焦土作戦まで行っている。 そして西暦1681年、フランス軍がストラスブールを攻略。その年の10月23日にはルイ14世自身もストラスブールに入城したんだ。 |
現在のアルザスとストラスブールその後のアルザスとストラスブールは何度も戦いに巻き込まれた。でも、今では平和な国際都市になっている。西暦1949年には欧州評議会がストラスブールに置かれ、その後も国際機関がこの街に本部を置いているんだ。もちろん、様々な国から多くの観光客もやってくる。下の画像は、ストラスブール観光の目玉の一つとなっているラ・プチ・フランスの風景だね。
多くの観光客を喜ばせるのは観光名所だけじゃないよ。先にも書いたけど、アルザス・ワインのファンも多い。しかも、シュークルートやマトロートなどの名物料理もある。 加えて、レストラン「ビュールイーゼル」(ミシュラン三つ星)や「オー・クロコディル」(ミシュラン二つ星)を筆頭に、美味しいレストランも多い。人々が集まるのも当然だよね。
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