ジュリアス・シーザー(カエサル)と三頭政治紀元前100年7月13日、古代ローマ(もちろん現在のイタリアの首都)の貴族であるユリウス一族のカエサル家に一人の男の子が生まれた。帝王切開で生まれたその子は、ガイウスと名づけられた。これが後のガイウス・ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)である。紀元前60年、40歳となったカエサルは、ポンペイウス、クラッススと共に三頭政治を開始。軍人として抜きん出た功績を持つポンペイウス、資金力を持つクラッスス、人々の人気を誇るカエサルの三人が協力して、古代ローマ帝国の政治を牛耳ったわけだ。 但し、この三人が仲良しだったわけではないみたい。要は三人のうち誰も独力では支配を確立できなかったんだ。ポンペイウスは勢力はあったものの故に元老院には嫌われていたし、クラッススは金持ちだったけど大衆の人気はなかった。対するカエサルは人気者だったけど実力は伴っていなかったらしいよ。 カエサル(シーザー)のガリア遠征・ブリタニア遠征
紀元前58年、カエサルがガリア遠征に出発した。更に紀元前55年、カエサルがブリタニア(現在のイギリス)に遠征を行った。(右の画像は、ナポリ国立考古学博物館に見るカエサル像。)紀元前52年、ウェルキンゲトリクスに率いられて蜂起したケルト人を鎮圧した。 紀元前51年、カエサルが「ガリア戦記」を著した。この書物は現在においても当時のガリアに関する貴重な資料となっているんだ。 |
賽は投げられた
ガリアを征服したカエサルは、次第に資金力を蓄えていった。しかも、彼と共に戦った軍団は、忠実な精鋭部隊に育っていたんだ。そして紀元前53年、三頭政治の一角を成していたクラッススが亡くなった。 |
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関連リンク旅行記「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」・ 「第四部 ローマ・ヴァティカン編」 |
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