ヨーロッパの歴史風景 先史・古代編




紀元前333年、マケドニアのアレキサンダー大王が、イッソスの戦いにおいて、ペルシャのダリウス3世を撃ち破った。


アレキサンダー大王とペルシャ王ダリウス3世

紀元前333年11月、地中海東部の地イッソスにおいて、新興マケドニアのアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)と、長くメソポタミアを支配していたアケメネス朝ペルシャの王ダリウス3世の軍が激突した。

アレキサンダー大王の軍は、せいぜい数万人。対するダリウス3世の軍は30万とも60万とも言われている。歴史を誇るペルシャの精鋭騎兵隊は士気も盛んだった。

しかし、選んだ戦場はペルシャにとって有利とはいえなかったらしい。山と海に挟まれた狭いイッソスの地では、ペルシャの大軍は自由に展開することも出来なかったんだ。

イッソスの戦いにおけるアレキサンダー大王とアケメネス朝ペルシャ王ダリウス3世(ナポリ考古学博物館、イタリア)

上の画像にあるのは、イッソスの戦いにおけるマケドニア・ギリシャ連合軍とペルシャ軍との激突の様子を描いたモザイク画。紀元前2-1世紀ころのものといわれている。火山の噴火によって埋没したポンペイから発掘され、現在はナポリ考古学博物館(イタリア)に展示されているんだ。

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ペルシャ王を目指して突撃するアレキサンダー大王

ペルシャの大軍に戦いを挑んだアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)は、自らの手で勝利をつかむ決意でいたらしい。戦場にペルシャ王ダリウス3世の姿を認めたアレキサンダー大王(下の画像)は、周囲を固める騎兵たちと共に突撃して行った。

イッソスの戦いにおけるアレキサンダー大王(ナポリ考古学博物館、イタリア)




敗走するペルシャ王ダリウス3世

イッソスの戦いにおけるアケメネス朝ペルシャ王ダリウス3世(ナポリ考古学博物館、イタリア) 戦況の不利を悟ったアケメネス朝ペルシャの王ダリウス3世(右の画像)は、逸早く戦場を離脱して逃走した。

大国ペルシャの支配者ダリウス3世としては、この戦場で敗北しても、まだまだ豊富な兵と資金を持っている。再び大軍を整えて、アレキサンダー大王の軍を迎え撃てば良い。蛮勇を奮ってむざむざと敵の手に落ちる必要はないわけだ。

ところが、ダリウス3世の戦陣には、王の母親をも含む王室の女性達や、多くの財宝が置き去りにされてしまった。アレキサンダー大王は、ペルシャ王室の女性たちに対して、慈悲深い態度で接したと伝えられている。

アレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の生涯

イッソスの戦いでアケメネス朝ペルシャの王ダリウス3世を撃ち破ったアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)は、紀元前356年にマケドニアの首都ペラで生まれた。父親はマケドニア王フィリッポス2世だった。少年時代には古代ギリシャの哲学者アリストテレスによって教育を受けている。

暗殺された父王の跡を継いで、紀元前336年にはマケドニア王に即位した。マケドニアの支配に抵抗を示したギリシャ諸国を抑えつけ、抵抗を続けたテーベを破壊した。

紀元前334年にはマケドニア・ギリシャ連合軍を率いて小アジアへ渡り、グラニコス川の戦いにおいてアケメネス朝ペルシャの軍を撃ち破った。

そして紀元前333年、ペルシャ王ダリウス3世自身が指揮するペルシャ軍に対して、イッソスの戦いにおいて勝利を得たわけだ。その翌年にはエジプトを征服してアレクサンドリア市を建設。

紀元前331年にはティグリス川流域のアルベラの戦いにおいて、再びダリウス3世の率いるペルシャ軍を撃破。翌年にはダリウス3世が家臣に殺害され、アケメネス朝ペルシャが滅亡した。

紀元前327年にアレキサンダー大王はインドに到達した。しかし、兵たちの反対により、それ以上の進軍を諦めざるを得なかった。そして紀元前323年、32歳のアレキサンダー大王がバビロンで亡くなった。

アレキサンダー大王の死後

紀元前323年にアレキサンダー大王が亡くなった後、大王の配下の武将たちが互いに戦いを繰り広げたんだ。但し、マケドニアにおいては、後継者として指名されたのはアレキサンダー大王の異母弟フィリッポス3世アリダイオスだった。もちろん、形だけの後継者だったんだけどね。

しかし、紀元前316年にはフィリッポス3世アリダイオスも、暗殺されてしまった。また、アレキサンダー大王には、妃のロクサーネとの間に男の子がいたんだ。そのアレキサンダー4世も、紀元前310年には暗殺されてしまった。

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