古代エジプトのファラオ アメンヘテプ3世
紀元前1417年、古代エジプトでアメンヘテプ3世がファラオに即位した。アメンヘテプ3世は、ミタンニやバビロニアなどに対し、婚姻や贈り物などによって友好政策を採り、エジプトの植民地支配は最盛期に達した。 右の画像は、エジプトのテーベ(現在のルクソール)から出土したアメンヘテプ3世の頭像(ロンドンの大英博物館で見ることが出来る)。 右の画像にある冠の上半分(円錐形で頂部が球になっている)は上エジプトの冠、下半分は下エジプトの冠なんだそうな。 古代エジプトの神アメン(あるいはアムン)アメンヘテプ3世の名前の一部になっている「アメン(あるいはアムン)」という言葉なんだけど、古代エジプトの神々の中でも最も強力な神の名前なんだって。後に太陽神ラーと結合してアモン・ラーとなる神アメンの信仰の中心地は、テーベ(現在のルクソール)にあったんだ。 アメン神信仰の中心カルナック神殿アメンヘテプ3世は、アメン神信仰の中心となっていたカルナック神殿を華やかに改築した。(下の画像が、エジプトの古都ルクソールにあるカルナック神殿の現在の様子。)
なんだか何処かで見たことのあるような風景・・・かな ?? そうなんだ。実はここはアガサ・クリスティ原作の映画「ナイル殺人事件」にも登場しているんだ。大列柱の足もとしか写ってなくて申し訳ないけど。 アメン神を祀るルクソール神殿
アメンヘテプ3世は、カルナック神殿の改築に加えて、同じくアメン神を祀るルクソール神殿も新しく建築している。右の画像はルクソール神殿の列柱廊なんだけど、私が訪ねたときには地元の子供たちが溢れていた。遠足か修学旅行だったのかな。 その他にもアメンヘテプ3世は、数々の大建築工事を行っている。古代エジプト新王国時代の最盛期のファラオとして、湯水のごとくお金を使うことが出来たということかな。その甲斐あってというべきか、アメンヘテプ3世の時代は芸術の時代でもあったらしい。 |
メムノンの巨像エジプトの古都ルクソール(テーベ)近くにはアメンヘテプ3世の葬祭殿があったらしい。ところが、後にその石材を再利用するために葬祭殿は取り壊されてしまったんだ。唯一残っているのが、下の画像にあるメムノンの巨像。
「メムノン」というのは、トロイ戦争時代のエチオピアの王子の名前なんだそうな。古代ギリシャ時代の人々が、上の画像にあるアメンヘテプ3世の坐像(左右共に)をメムノンの像だと勘違いして以来、現在に至るまでそう呼ばれているらしい。 ペール・アー(大きな家)がファラオの語源最後におまけの話を一つ。古代エジプトの言葉で「ペール・アー」は、「大きな家」を意味していたらしい。その後、紀元前16世紀頃(新王国時代)には、「ペール・アー」が王を示す言葉になったんだって。私たちが古代エジプトの支配者(あるいは王)を意味する言葉として使う「ファラオ」は、「ペール・アー」をギリシャ風に表現した言葉なんだそうな。 ナイル川の夕陽上の画像にあるアメンヘテプ3世の頭像が発見されたのは、エジプトのルクソール(古代のテーベ)なんだけど、その付近のナイル川で見た夕陽が下の画像。古代のファラオたちも同じ夕陽を見たのかな。
関連書籍参考になる・・・かもしれない本を探してみました。
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