|
|
|
|
|
|
|
西暦800年、フランク王国のカール大帝(シャルルマーニュ)が、西ローマ皇帝として戴冠。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
中世ヨーロッパの英雄 カール大帝(シャルルマーニュ)
古代ヨーロッパの英雄といえば、アレキサンダー大王かシーザー(カエサル)かな。近代ならばナポレオンを挙げる人が多いだろうね。では、中世のヨーロッパの英雄といえば ??
かなりの人がカロリング朝フランク王国のカール大帝(チャールズ大帝、あるいはシャルルマーニュ)と答えるんじゃないかな。(下の画像は、ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂の入り口近くにあるカール大帝の像。)
西暦768年にカロリング朝フランク王国の王となったカール大帝は、文字通りに東奔西走、やがて現在のフランス・イタリア・ドイツを超える大帝国を作り上げたんだよね。
そして西暦800年12月25日、ローマにおいて、教皇レオ3世の手により皇帝の戴冠を受けたわけだ。これを西ローマ帝国の復活と解釈する説もあるね。
カール大帝のザクセン征服
西暦768年にフランク王ピピンが亡くなった後、王位を継承したのはカールとカールマンの二人だったんだ。でも、西暦771年にはカール(後の大帝)が単独でフランク王となった。
カール大帝の戦いが始まったのは、それからなんだ。まず西暦772年にはザクセンに遠征している。(下の画像は、現在のドイツのザクセン地方で見かけた菜の花畑。)
その2年後の西暦774年には、イタリアのランゴバルド王国を征服。西暦778年にはスペインのサラゴサを攻撃。(その帰路、ピレネー山中でバスク人の攻撃を受けたときのことが、後に「ローランの歌」になった。)
西暦782年には再びザクセンに遠征。西暦785年にザクセンを征服し、その族長ヴィドゥキントをキリスト教に改宗させているんだ。更に西暦791年には、アジア系のアヴァール人を撃ち破った。
その後、再三に渡ってアヴァール王国に遠征し、西暦796年にはアヴァール王国を征服した。そして西暦800年の12月25日、教皇レオ3世によって、カール大帝が皇帝の戴冠を受けたわけだ。
|