ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1196年、イングランドのリチャード獅子心王が、フランス北部にガイヤール城を築いた。


イングランドのリチャード獅子心王とガイヤール城

西暦1196年、イングランドのリチャード獅子心王とフランスのフィリップ・オーギュスト王との間に和約が成立し、ヴァーノンの街はフランス側に帰属することとなった。

その結果として、対フランス防衛線の再構築が必要となったイングランドは、ノルマンディ地方を流れるセーヌ川流域の街レザンドリを要塞化し始めた。(下の画像は、ガイヤール城から見下ろしたセーヌ川とレザンドリの街。)

ガイヤール城から見下ろしたセーヌ川とレザンドリの街(フランス)

更にイングランド側は、レザンドリの街を見下ろす標高 100メートルの山の上にノルマンディ防衛の拠点としてガイヤール城を築き、その周囲には深さ 20メートルの濠を設けた。(現在のガイヤール城の様子が下の画像。)

フランス北部ノルマンディ地方の要衝ガイヤール城

フランス王フィリップ・オーギュストの攻勢

その後、1999年にはイングランド王リチャード獅子心王が亡くなり、弟のジョン失地王がイングランドの支配者となった。

西暦1203年、フランス王フィリップ・オーギュストがイングランドのノルマンディ防衛の拠点であるレザンドリを攻撃。セーヌ川の中洲にあった城が焼き払われた。

更にフランス側は山上のガイヤール城にも攻撃を加えた。しかし、イングランドのジョン失地王は援軍を送ることも出来ず、翌年の1204年にはガイヤール城はフランス軍の手に落ちてしまった。




その後のガイヤール城

西暦1419年、百年戦争においてはガイヤール城にフランス軍が立て籠もり、イングランド軍に対して抵抗を続けた。

西暦1573年、発達した大砲に対して無力となったガイヤール城が放棄された。

(ちなみに、このガイヤール城には、パリから日帰りで行けますよ。)

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