ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1276年、イタリア南部のカンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂の鐘塔が完成した。


アマルフィ大聖堂と鐘塔

アマルフィ大聖堂と鐘塔(カンパーニャ地方、イタリア) 西暦1276年、海洋共和国として栄えたイタリア南部の街アマルフィの大聖堂に、鐘塔が完成した。(右の画像)

鐘塔の下部はロマネスク様式なんだけど、その上部はムーア風になっているんだ。

アマルフィ大聖堂そのものの起源は9世紀に遡るらしいんだけど、西暦1203年に改築されている。その結果、シシリア系のアラブ・ノルマン様式が濃厚に取り入れられている。

アマルフィの守護聖人となっている聖アンドレア

アマルフィ大聖堂の地下(クリプト)にある聖アンドレアの墓(カンパーニャ地方、イタリア) アマルフィ大聖堂の地下のクリプトには、アマルフィの守護聖人となっている聖アンドレアの墓(右の画像)もある。その墓の中には聖アンドレアの遺骨も納められているらしい。

西暦357年にギリシャで亡くなった聖アンドレアの遺骨が何故にイタリアのアマルフィに ??

それは西暦1210年のことなんだけど(1206年説もある)、アマルフィ出身だったカプアの枢機卿ピエトロなる人物がコンスタンティノープルから聖アンドレアの遺骨を盗み出して、アマルフィに持ち込んだんだそうな。

余談ながら、聖アンドレアの兄は聖ペトロ。つまり、ローマ教会の基礎を築いた人物だよね。故にヴァティカンの大聖堂はサン・ピエトロ大聖堂(聖ペテロ大聖堂)

スコットランドとコンスタンティノープルの守護聖人

もう一つ余談なんだけど、聖アンドレアを英語風に呼べば、セント・アンドリューだよね。あのスコットランド(イギリス)の名門ゴルフ・コースの名前だ。

だからといって、聖アンドレアがゴルフ・コースの守護聖人をしているわけじゃない。スコットランドの守護聖人も聖アンドレアなんだ。故にスコットランドの国旗 は、聖アンドレアが磔にされた斜め十字をデザインしたものになっている。

西暦1879年のことなんだけど、スコットランドにローマン・カトリックの教会が再建された。その際、アマルフィ大司教は聖アンドレアの遺骨の一部をスコットランドに送ったらしい。同じ聖アンドレアを守護聖人とする者同志の連帯かな。

他方、コンスタンティノープルの街(現トルコイスタンブール)も、かつては聖アンドレアを守護聖人にしていた。かってのギリシャにキリスト教を広めたことと関係あるのかもしれないね。しかし、その守護聖人の遺骨をアマルフィに奪われてしまった。だから、オスマン・トルコの攻撃によって陥落した...わけじゃないだろうけどね。

多くの観光客を集めるアマルフィ大聖堂

世界中から多くの観光客が集まるアマルフィの街。その中でも観光の目玉はアマルフィ大聖堂だよね。大聖堂前の広場では、夜になっても観光客が集まっている。広場のカフェから見上げれば、下の画像のようなアマルフィ大聖堂の夜景を楽しむことが出来るんだ。

夜のアマルフィ大聖堂(カンパーニャ地方、イタリア)




もう一つのアマルフィ観光の目玉 天国の回廊

おっと忘れちゃいけない、もう一つのアマルフィ観光の目玉。それはアマルフィ大聖堂の横にある「天国の回廊」(下の画像)。アマルフィ市民の中でも上流に属する人々のために13世紀に作られた墓地なんだって。

アマルフィ大聖堂に付属の「天国の回廊」(カンパーニャ地方、イタリア) アマルフィ大聖堂に付属の「天国の回廊」(カンパーニャ地方、イタリア) アマルフィ大聖堂に付属の「天国の回廊」(カンパーニャ地方、イタリア)

【参考】都市別ツアー検索


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旅行記 「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」
「第一部 アマルフィ編」



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