ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1276年、イタリア南部のカンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂の鐘塔が完成した。


アマルフィ大聖堂の鐘塔

中世イタリアの海洋都市国家として繁栄したアマルフィにおいて、その大聖堂の鐘塔(下の画像)が完成したのは西暦1276年のことだった。

イタリア南部カンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂と鐘塔

この鐘塔の基部はロマネスク様式なんだけど、その上部はイスラム様式が取り入れられている。9世紀に建立されたアマルフィ大聖堂の建物(元々はロマネスク様式)についても、西暦1203年の改築の際にイスラム様式が濃厚になっているんだそうな。

西暦1075年にアマルフィはノルマン人に従属したんだけど、彼らはシシリア島においてイスラムの影響を受けていた。そんなわけでアマルフィにイスラム文化を残したんだろうね。他方、中世アマルフィ商人はオリエントにも進出していたから、ノルマン人に従属する前からアマルフィ商人たちはイスラム文化の影響を受けていたんだろうけどね。

アマルフィ大聖堂のクリプトにある聖アンドレアの墓

このアマルフィ大聖堂のクリプトには、街の守護聖人である聖アンドレアの墓もある。そこで見た聖アンドレアの像が下の画像なんだ。

イタリア南部カンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂のクリプトで見た聖アンドレア像

聖アンドレアはギリシャで亡くなり、後に彼の遺骸はコンスタンティノープル(今はトルコイスタンブール)に安置されていた。そして西暦1206年、アマルフィ出身のカプアの枢機卿が聖アンドレアの遺骨を盗み出し、アマルフィに持ち込んだらしい。その遺骨がこのアマルフィ大聖堂のクリプトに葬られたんだそうな。(ついでながら、この聖アンドレアの兄はローマに教会の基礎を築いたとされる聖ペテロとされている。)

ついでながら、聖アンドレアを英語風に呼べばセント・アンドリューだよね。あのスコットランド(イギリス)の名門ゴルフ・コースの名前だね。実は聖アンドレア(セント・アンドリュー)はスコットランドの守護聖人でもある。故にスコットランドの国旗 は、聖アンドレアが磔にされた斜め十字をデザインしたものになっているわけだ。

西暦1879年のことなんだけど、スコットランドにローマン・カトリックの教会が再建された。その際、アマルフィ大司教は聖アンドレアの遺骨の一部をスコットランドに送ったらしい。聖アンドレアを守護聖人とする人々の連帯というわけだね。

ちなみに、かつてコンスタンティノープルも聖アンドレアを守護聖人としていたんだそうな。その守護聖人の遺骨をアマルフィに奪われた為にオスマン・トルコの攻撃によって陥落したわけじゃないだろうけどね。

多くの観光客を集めるアマルフィ大聖堂

世界中から多くの観光客を集めるアマルフィなんだけど、その最大の目玉がアマルフィ大聖堂だよね。

イタリア南部カンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂の夜景

そんなアマルフィ大聖堂の前にあるドゥオモ広場では、夜になっても多くの観光客が歩いている。そんなドゥオモ広場のカフェの椅子に座れば、上の画像のようなアマルフィ大聖堂の夜景を楽しむことも出来るわけだ。

アマルフィ大聖堂の天国の回廊

アマルフィ大聖堂にある観光客のお目当ての一つが下の画像にある天国の回廊(キオストロ・デル・パラディーゾ)かな。

イタリア南部カンパーニャ地方にあるアマルフィ大聖堂の天国の回廊(キオストロ・デル・パラディーゾ)

13世紀に作られた墓地なんだけど、中世アマルフィの貴族たちが埋葬されていたらしいよ。この天国の回廊の手入れの行き届いた庭園や列柱やアーチもイスラム文化の影響によるものなんだそうな。

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