ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1353年、トスカナ地方(イタリア)の街サン・ジミニャーノがフィレンツェに従属した。


中世の塔の街 サン・ジミニャーノ
(トスカナ地方、イタリア)

12世紀末に自治都市となったトスカナ地方の街道の街サン・ジミニャーノは、13-14世紀にかけて最盛期を迎えた。

富を蓄えた商人たちは、町の周辺の土地を購入し、次第に貴族化して行った。また彼らは、ステータス・シンボルとしての塔を築くことを競い合ったんだ。(現在の塔の街サン・ジミニャーノの様子が下の画像。)

トスカナ地方の塔の街サン・ジミニャーノ(イタリア)

サン・ジミニャーノがフィレンツェに従属

トスカナ地方の旗の街サン・ジミニャーノ(イタリア) しかし、当時のサン・ジミニャーノでは、人々はゲルフ(法王派)とギベリン(皇帝派)とに別れ、それぞれに旗を立てて争っていた。

そんな人々の対立は、面子をかけて高い塔を建てることにもつながっていたんだ。

しかし、街の内部での人々の争いは、サン・ジミニャーノの街全体の活力を削ぐ結果にもなってしまった。

更にサン・ジミニャーノの衰退に追い討ちをかけたのが、西暦1348年に流行したペストだった。

そして西暦1353年、衰退したサン・ジミニャーノは、発展していたフィレンツェに従属することとなったんだ。

【参考】都市別ツアー検索


【参考】都市別ホテル検索





発展の止まった塔の街サン・ジミニャーノ

当時のフィレンツェは、同じトスカナ地方の街シエナと激しく争っていた。従属したサン・ジミニャーノは、シエナに対するフィレンツェの前線基地としての役割を担うことになった。

ところが、16世紀の半ばには、フィレンツェがシエナを征服してしまった。その結果、フィレンツェの前線基地としてのサン・ジミニャーノの役割は消えてしまったんだ。

やがてサン・ジミニャーノは沈滞に陥り、新しい建物が築かれることもなくなった。その結果、中世イタリアそのままの塔の街が現在まで残っているわけだ。



関連書籍

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関連リンク

旅行記 「エミリア・ロマーニャとトスカナ(イタリア)」
(ボローニャ、ラヴェンナ、サン・マリノ、シエナ、
サン・ジミニャーノ、フィレンツェ)




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