ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1401年、イタリアの古都フィレンツェにあるサン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の制作コンクールでギベルティが優勝し、「天国の扉」を制作した。


フィレンツェにあるサン・ジョヴァンニ洗礼堂

イタリアの古都フィレンツェを代表する観光スポットといえば、ドゥオモ(花の聖母マリア大聖堂)ということになるのかな。その大聖堂の前にサン・ジョヴァンニ洗礼堂がある。

というわけで、この洗礼堂は大聖堂の付属の建物のように見えちゃうんだけど、実は大聖堂よりも歴史が古い。大聖堂は西暦1294年にアルノルフォ・ディ・カンビオが設計を請け負い、その2年後に建設工事が始まった。その時点でサン・ジョヴァンニ洗礼堂は完成していた。ちなみにサン・ジョヴァンニとは聖ヨハネ(洗礼者ヨハネ)のことなんだけど、聖ヨハネはフィレンツェの守護聖人とされているんだ。

フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂の天井を飾るビザンティン風のモザイク画「最後の審判」

そんなサン・ジョヴァンニ洗礼堂の天井を飾っているのが上の画像にあるビザンティン風のモザイク画「最後の審判」なんだけど、13世紀のものとされているらしいよ。

ちなみに、「神曲」で名高いダンテはフィレンツェの生まれなんだけど、この洗礼堂で洗礼を受けている。またメディチ家に莫大な利益をもたらした対立教皇ヨハネス23世のお墓もこの建物の中にあるんだ。

扉の制作コンクールで優勝したギベルティ

西暦1401年、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の制作コンクールが行われた。フィレンツェの羅紗生産者組合が費用を出したらしい。そのコンクールで優勝したのがギベルティだった。

フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂にあるギベルティの「天国の扉」のレプリカ

優勝したギベルティが制作したのが、上の画像にある「天国の扉」(ミケランジェロがそう呼んだらしい)だった。といっても、実は上の画像にある「天国の扉」はレプリカなんだ。ではオリジナルはといえば今はドゥオモ博物館で展示されている。

ドゥオモ博物館で見るギベルティの「天国の扉」

というわけで、ドゥオモ博物館で見たギベルティの「天国の扉」のパネルのオリジナルが下の画像。

フィレンツェのドゥオモ博物館で見たギベルティの「天国の扉」のパネルのオリジナル

このドゥオモ博物館には上の画像に見る作品の他にも、ミケランジェロの「未完のピエタ」をはじめとして多くの芸術作品がある。ドゥオモ(大聖堂)やジョットの鐘塔を飾っていた芸術作品の多くがドゥオモ博物館に移されているからね。加えて、ドゥオモ博物館はドゥオモ(大聖堂)のすぐ脇にある。せっかくフィレンツェに来たならば、入らなきゃもったいないでしょ。

コンクールに敗れたブルネレスキやドナテッロ

ところで、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉の制作コンクールには、他の芸術家も参加していた。例えば、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に十字架のキリスト像を残しているブルネレスキ。このコンクールで敗れたことを機会に、彼は彫刻家から建築家へと転身している。

フィレンツェのドゥオモ(大聖堂)のクーポラ

やがて建築家ブルネレスキはフィレンツェのドゥオモ(花の聖母マリア大聖堂)のクーポラ(上の画像)を完成させる工事の責任者となっている。ブルネレスキが建築家とならなければ、ドゥオモの完成はどうなっていたか。

制作コンクールには、彫刻家ドナテッロも参加していた。実は彼はギベルティの工房で学んだこともあったらしいけど、親方のギベルティに敗れたというわけだ。でも、やがて彼はルネサンスの彫刻に新しい表現を生み出したとされている。そんな彼の代表作「ダヴィデ像」はフィレンツェのバルジェッロ博物館で見ることが出来るんだ。

というわけで、勝者と敗者を生み出したサン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉のコンクールだけど、やがて歴史に名を残す芸術家たちが集まっていたんだね。なるほどフィレンツェはイタリア・ルネサンスの花の都だったわけだ。

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