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西暦 1972年、ユネスコ総会において世界遺産条約が採択された。
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オランダのデン・ハーグにある 平和宮(国際司法裁判所)
第一次世界大戦が終わった後、国際連合は平和を維持するためにオランダのデン・ハーグに国際司法裁判所を設置した。下の画像は、当時のアメリカの大富豪カーネギーの寄付によって建設された平和宮なんだけど、国際司法裁判所はこの建物の中にあるんだそうな。
ところが、世界平和の祈りも虚しく、やがて第二次世界大戦が起こってしまったんだ。そして戦争が起これば、人類の宝ともいえる文化財が破壊されていく。
そんな反省の上に、このハーグで「軍事紛争における文化財の保護のための条約」が採択された。第二次世界大戦が終結してしばらく経った西暦1954年のことだった。
アスワン・ハイ・ダムの建設によって 危機にさらされたエジプトの遺跡
ところが文化財を破壊するのは戦争だけじゃないよね。経済開発によっても文化財は破壊されるわけだ。
その代表的な例がエジプトにおけるアスワン・ハイ・ダムの建設だった。ダムの建設によって、エジプト南部の遺跡が水没の危機にさらされたんだ。
そんなエジプトの遺跡を救おうとしたのがユネスコだった。ユネスコは各国の協力を得てダム湖の底に沈もうとしていた数々の遺跡を安全な場所に移す作業を進めたんだ。
そんな努力によって水没から救われたのが、多くの観光客を集めるアブシンベル大神殿であり、またクレオパトラ(7世)ゆかりのカラブシャ神殿(下の画像)だった。
同時にユネスコは文化財保護を趣旨とした条約の草案を作り始めたんだ。同じ頃、アメリカなどは自然遺産保護を目的とした条約の草案作業を進めていたんだ。
その後、西暦1967年にはアメリカが文化遺産と自然遺産を保護するための世界遺産トラストの設立を提案。また西暦1970年には文化財の不正な取引を禁止する条約が採択されている。
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