ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1588年、フランス王アンリ3世がブロワ城において旧教同盟の指導者ギーズ公を暗殺した。


フランス王アンリ3世と旧教同盟の指導者ギーズ公

宗教戦争の嵐が吹き荒れる16世紀後半のフランス。ヴァロワ・アングレーム家の王たちは次第に権威を失い、対して旧教徒の支持を集めていたギーズ公は王をもしのぐ実力者となっていた。

そして西暦1588年12月13日、危機感を強めていたフランス王アンリ3世は、ロワール川流域にあるブロワ城においてギーズ公を暗殺したわけだ。(下の画像はロワール川に映るブロワ城。)

ロワール川流域にあるブロワ城(フランス)

しかし、翌年にはフランス王アンリ3世も亡くなり、王位はプロテスタント(ユグノー)でブルボン家出身のアンリ4世の手に渡ることになる。

ブロワ城

ブロワと言う言葉は、ケルト語で「狼」を意味している。そんな名前を持つブロワ城の歴史は、13世紀にブロワ伯爵夫人によって基礎が築かれた頃まで遡ることが出来る。

その後、15世紀末から16世紀初頭にかけては、フランス王ルイ12世によってゴシック様式に改築された。ブロワ城の入り口に描かれているハリネズミは、そのルイ12世の紋章なんだそうな。(余談ながら、ルイ12世はイタリアを支配することを夢見たフランス王の一人でもあった。)

16世紀には、フランス王アンリ2世の所有となり、その後はアンリ2世の王妃カトリーナ・デ・メディチの手に渡った。

17世紀にはオルレアン公によって古典様式に改築された。

そして、現在のブロワ城は、ブロワ市によって所有・管理されている。




豊かな農業地帯

下の画像はブロワ城付近の風景なんだけど、このあたりは豊かな農業地帯なんだそうな。アスパラガス、イチゴ、ヒマワリ、麦、とうもろこしなどが栽培されている。

ブロワ城近くの風景(フランス)

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