ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1649年、清教徒革命によってイギリス国王チャールズ1世が処刑された。


スチュワート朝チャールズ1世と
ロンドン郊外のリッチモンド・パーク

イギリスの首都ロンドンは緑の多い都会だと思う。しかも、その郊外に出れば、信じられないほど多くの緑に溢れている。

例えば、下の画像にあるリッチモンド・パーク。見ての通りに鹿の群れがただずみ、水辺では鴨の親子が散歩しているような広大な公園なんだ。

ロンドン郊外にあるリッチモンド・パークと鹿たち(イギリス) ロンドン郊外にあるリッチモンド・パークと鹿たち(イギリス) ロンドン郊外にあるリッチモンド・パークと鹿たち(イギリス) ロンドン郊外にあるリッチモンド・パークと鹿たち(イギリス)

静かで穏やかで、目にも心にも優しい風景だよね。でも、この公園には、イギリス王家の、あるいはイギリスという国の流血の歴史も潜んでいるんだ。

このリッチモンド・パークの元となったのは、17世紀のイギリス国王チャールズ1世が農地を囲い込んで作った狩猟地だった。そう、あの清教徒革命(ピューリタン革命)で処刑されたスチュワート朝の国王だね。




イギリス国王チャールズ1世と清教徒革命

スコットランド王家だったスチュワート家が、イングランドの王冠をも得たのはジェームズ1世(スコットランド王としてはジェームズ6世)の頃。その息子として西暦1600年に生まれたのが、このページの主役チャールズ1世だった。

チャールズ1世が国王に即位したのは西暦1625年のこと。しかし、彼は議会と対立してしまった。その結果、イギリスの議会は1629年から11年間も開かれなかったんだ。

そして1642年、チャールズ1世は議会の主要なメンバーを逮捕しようとした。これが国王と議会との対立を決定的なものとしたんだ。そして国王チャールズ1世はノッティンガムで兵を挙げた。

イギリスの首都ロンドンのナショナル・ギャラリーにあるチャールズ1世の肖像、アントニー・ヴァン・ダイク作 しかし、1645年には国王軍はオリヴァー・クロムウェルの軍に大敗。その翌年に国王チャールズ1世はスコットランド軍に投降した。御先祖ゆかりのスコットランドならば、国王を悪いようにはしないと期待したんだろうね。

しかし、国王チャールズ1世はイングランドに引き渡され、裁判にかけられた。そして評決。彼に対する判決は、総票数135のうち、反対67に対する賛成68を以て下された。つまりは1票差。

判決に基づき、国王チャールズ1世が処刑されたのは西暦1649年のことだった。

画家アントニー・ヴァン・ダイクの手による
イギリス国王チャールズ1世

右上にある騎乗の貴人の絵は、画家アントニー・ヴァン・ダイクによって描かれたイギリス国王チャールズ1世(部分)。西暦1637年から1638年頃の作品というから、ちょうど今のリッチモンド・パークになる狩猟地を作った頃のことだね。

この絵画はロンドンにあるナショナル・ギャラリーで見ることができるんだ。ロンドンへ行かれたら、是非とも寄り道して欲しいな。2000点以上もの名画を保有する素晴らしい美術館なんだ。

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