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西暦1668年、オスマン・トルコ支配下のワラキア公国の主教座がブカレストに移された。
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ルーマニア正教の総本山ブカレスト大聖堂
西暦1668年、オスマン・トルコの命令により、その属国となっていたワラキア公国(現在のルーマニアの一部)の主教座がブカレストに移された。(右の画像は現在のブカレスト総主教座教会あるいは大聖堂の様子。)
それに先立つ西暦1659年には、ワラキア公国の首都がコルテア・デ・アルジェシュからブカレストに移されている。主教座の移転は、それに続く措置だったんだ。
オスマン・トルコの狙いは、ワラキア公国の支配を強化することにあった。つまり、政治の中心と宗教の中心を、山間部にある古都コルテア・デ・アルジェシュから、コントロールの容易な平地のブカレストに移そうというわけだ。
その後、オスマン・トルコの宗主権下にとどまりながらも、西暦1861年には統一ルーマニア公国が成立。そして西暦1865年にはルーマニア正教がイスタンブールの総主教の支配から独立した。
そして現在に至るまで、ブカレスト大聖堂(あるいはブカレスト総主教座教会)は、ルーマニア正教の総本山となっている。(右の画像は、礼拝にやって来たルーマニアの人々。)
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