セゴビアを奪い返したアストゥリアス王アルフォンソ1世
やがてスペインのレコンキスタ(国土回復運動)の出発点となったアストゥリアス王国。西暦737年に即位したアルフォンソ1世は、そのアストゥリアス王国発展の基礎を作った王だったかもしれない。18年間の治世の間に、アルフォンソ1世はセゴビアなどの街をイスラム教徒から奪い返し、キリスト教徒を入植させたんだ。(右の画像は、「貴婦人」にも喩えられるセゴビアの大聖堂。) 但し、このセゴビアは再びイスラム教徒の手に落ちる運命にあった。そして、最終的にキリスト教徒の手に戻ってきたのは、11世紀の後半のこと。古都トレドを征服したカスティリア王アルフォンソ6世によって奪還されたんだ。 レコンキスタの出発点 アストゥリアス王国西暦1492年にイスラム教徒のグラナダ王国が滅ぼされ、スペインにおけるレコンキスタ(国土回復運動)が完了したことは知られているよね。このレコンキスタの出発点になったのが、アストゥリアス王国なんだ。西暦711年にイベリア半島の南部に上陸したイスラム教徒の軍は、西暦713年には西ゴート王国を滅亡させた。 その西ゴート王国の近衛兵だったペラヨなる人物が、イベリア半島北部の山間部に逃げ込んだキリスト教徒の集団によって指導者とされた。そのペラヨは、西暦718年(あるいは722年)に、イスラム教徒との戦いで初めての勝利を得た。 やがてペラヨの率いたキリスト教徒の集団は、アストゥリアス王国を建てた。やがて、かつての西ゴート王家の血をひくアルフォンソが、アストゥリアス王国にやってきて、ペラヨの娘と結婚した。 ペラヨの死後、その息子ファヒラがアストゥリアス王位を継承したが早世し、西ゴート王家の子孫アルフォンソ1世がアストゥリアス王位を得たというわけだ。 アルフォンソ1世がセゴビアなどの街々をイスラム教徒の手から奪い返した後も、代々の王の許でアストゥリアス王国は発展して行った。そこからレオン王国やカスティリア王国が生まれ、数百年後の西暦1492年にイベリア半島全土をキリスト教徒が奪い返すことになったわけだ。 |
セゴビアに残る古代ローマ帝国時代の水道橋
ところで、アストゥリアス王アルフォンソ1世が奪い返したセゴビアだけど、古代ローマ帝国時代からの歴史ある街なんだ。右の画像は、セゴビアに残る古代ローマ帝国時代の水道橋。 高さは約29mと、フランスはプロヴァンスに残るポン・デュ・ガールと比べて小さいけどね。 白雪姫の城のモデルとなったとも言われる
セゴビアには、もうひとつ名物があるんだ。それが下の画像にあるアル・カサル(城)。これが白雪姫の城のモデルになったらしいよ。 |
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関連リンク旅行記 「春のスペイン」(古都トレド、首都マドリッド、闘牛) |
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