イタリア南部カンパーニャ地方の街サレルノサレルノの街.....といっても、それがイタリアの何処にあるのか、すぐに頭に浮かぶ人は少ないよね。
というわけで、まずは右の略図を見てくれるかな。右はイタリア南部カンパーニャ地方の略図。サレルノは、イタリアの首都ローマの南にあるナポリの更に南にある街なんだ。その西には中世海洋都市の面影を残すアマルフィがあり、他方で南には古代ギリシャ時代の神殿の並ぶパエストゥムがある。サレルノはカンパーニャ地方南部の観光拠点でもあるかな。 現在の平和なサレルノそして下の画像は現在の平和なサレルノの海辺。長く続く砂浜は、日本の「イモの子を洗う」海水浴場とは全く違っている。砂浜の向こうにはサレルノの人々や観光客が散歩を楽しむ海岸通り ルンゴマーレも見えているね。
そんな平和なサレルノは、古代ローマ時代からの歴史を誇る古い街でもあるんだ。そして、その長い歴史の中で、サレルノが戦乱に巻き込まれたことが何度も有った。というのが、このページの主題なんだけど、前置きがずいぶんと長くなっちゃった。 ノルマンの英雄ロベール・ギスカールによる
西暦476年の西ローマ帝国崩壊後、サレルノの街はゲルマン系ランゴバルド族(ロンバルディア族)の支配下に落ちていた。そのランゴバルド系のサレルノ公ジスルフォ2世の妹と結婚したのが、当時のイタリア南部に勢力を拡大していたフレンチ・ノルマン系のロベール・ギスカールだった。 |
ロベール・ギスカールによる
ローマ教皇とロベール・ギスカールが和解した西暦1080年、ちょうどタイミング良く(あるいは、とっても都合良く)、聖マタイの遺骸が発見された。ローマ教皇はロベール・ギスカールに勧めて、聖マタイの遺骸を祀る聖堂を建設させた。それがサレルノ大聖堂(ドゥオモ)だったのさ。 |
【参考】国別ツアー検索 |
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関連リンク旅行記 「カンパーニャとローマ・ヴァティカン(イタリア)」・ 「第一部 アマルフィ編」 ・ 「第ニ部 パエストゥム・サレルノ編」 |
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