ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1301年、イングランド王エドワード1世の嫡子エドワード2世が、カーナフォン城でプリンス・オブ・ウェールズとして叙任された。


連合王国(イギリス)の中の一つの国 ウェールズ

イギリス略図 イギリスの都ロンドンから西へ、ブリテン島の出っ張りの部分にウェールズがある。(右の略図を参照。)

まるでイギリスの一つの地方のように思えるウェールズなんだけど、スコットランドと同様に一つの国なんだ。

そしてウェールズ北部の中心都市がバンガーの街。由緒ある大聖堂や名門大学などがあるんだ。

イギリス皇太子の叙任が行われるカーナフォン城

イギリス皇太子がプリンス・オブ・ウェールズの称号を受けるカーナフォン城(ウェールズ北部) バンガーの街から少し西へ行けば、セイオント川の河口に開けた街カーナフォンがある。その街の中心 カーナフォン城(右の画像)が、イギリス皇太子がプリンス・オブ・ウェールズの叙任を受ける舞台なんだ。

右の画像の中に丸いステージのようなものが見えるね。皇太子はここに立って称号を受けるんだけど、この丸いのはウェールズ北部に広がるスノードンの山々で採れるスレート(薄い板状の粘板岩)で出来ている。

そのスノードンの山々の風景が下の画像。山の少ないイギリスでは、スコットランドと並んでウェールズ北部は山の多い地域なんだ。(余談ながら、スノードンの山頂までは登山電車で行けるから、山歩きをする根性のない私でも行くことが出来たわけだ。)

ウェールズ北部にあるスノードンの山々(イギリス)




ウェールズを征服したイングランド王エドワード1世

話は中世のイギリスに遡る。(このサイトは歴史を中心に作っているんだから、少しは歴史の話もしておかないとね。)

ウェールズ土着のケルト系の人々は、侵攻してきたノルマン系のイングランド貴族に対して抵抗を続けていた。しかし、西暦1282年、最後のケルト系のウェールズ君主リュウェリン・アプ・グリフィズが戦死し、ケルト系ウェールズの抵抗は終息した。

ついにウェールズを征服したのは、イングランド王エドワード1世。その王妃は、カーナフォンで男の子(後のエドワード2世)を出産した。喜んだエドワード1世は、服属してきたウェールズの人々に向かって赤ん坊を掲げ、「ウェールズに生まれたイングランド語を話すことの出来ないプリンスだ !!」と紹介したわけだ。その後、王子はプリンス・オブ・カーナフォンと呼ばれていた。

西暦1301年、王子エドワード(後のイングランド王エドワード2世)が、カーナフォン城においてプリンス・オブ・ウェールズの称号を受けた。以後、歴代のイギリス皇太子はその慣行に従っているわけだ。(もちろん、現在のイギリス皇太子もカーナフォン城で称号を受けている。)

【参考】国別ツアー検索


【参考】都市別ホテル検索


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関連書籍

参考になる・・・かもしれない本を探してみました。



関連リンク

旅行記 「ウェールズ北部の旅(イギリス)」
(スノードンの山々と子羊たちの春)




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