ヨーロッパの歴史風景 中世編




西暦1388年、ニース(現フランス領)がサヴォイ公家(後の統一イタリア王家)の領地となった。


南仏コート・ダジュールの観光地ニース

南仏コート・ダジュールの観光地といえば、頭に浮かぶのはニースかな。春には花のカーニバルが行われるし、ニース市内にはシャガール美術館がある。美味しい地中海料理のレストランもあるんだ。

コート・ダジュールの観光地ニース旧市街の花の市(フランス) そんなニースの旧市街、海辺に近い一角にあるマーケットでは、花の市(右の画像)が開かれている。

北のロンドンではまだまだ冬の真っ盛りの2月でも、このニースの花の市へ来れば、たくさんの花々を見ることが出来るんだよ。

しかも、その花市の奥には、食べ物市(下の画像)も開かれている。色とりどりの野菜・オリーヴや果物・ジャム、海産物やハム・ソーセージなどなど。歩くだけでダイエットの危機に陥ってしまうね。

コート・ダジュールの観光地ニース旧市街の食べ物市の前の旧サヴォイ公家宮殿(フランス)

とまあ、こんなことばかり書いていては、まるで姉妹サイトの「ヨーロッパ三昧」みたいになっちゃう。ここは「ヨーロッパの歴史風景」ならではの個性を出さないとね。

ニースの複雑な歴史とサヴォイ公家の宮殿

では、もう一度上にある食べ物市の画像を見てくださいね。食べ物の並ぶ露店の向こう側に、大きな建物が見えているね。この建物が、ニースの複雑な歴史を象徴しているんだ。

上の大きな建物は、かつてはニースの領主だったサヴォイ公家の宮殿だったんだ。サヴォイ公家は、西暦1388年にニースの領主となり、そして西暦1860年にニースをフランスに割譲してしまった。

というのも、ハプスブルク家のオーストリアに対抗して、イタリアをサヴォイ公家(当時、既にサルディニア王家となっていた)の下に統一するには、フランスの協力が不可欠だった。そのフランスの協力を得るために、ニースなどの領地をフランスに与えることが必要だったわけだ。




サヴォイ公家支配下のニース

但し、サヴォイ公家時代のニースが必ずしも平和だったわけじゃない。西暦1388年にサヴォイ公家の領地となって以後、西暦1543年には、フランス王フランソワ1世とイスラムの海賊バルバロッサの率いるトルコ艦隊に攻囲されている。そのときはニースの街は陥落しなかったんだけどね。

しかし、西暦1691年にフランスの絶対君主、太陽王ルイ14世の攻撃を受けたときには陥落してしまった。フランスによって占領されたニースがサヴォイ公家に返還されたのは、スペイン継承戦争終了後の西暦1715年だった。

西暦1793年には、フランス革命政府軍によって占領されている。再びサヴォイ公家に返還されたのは、ナポレオン失脚後の西暦1814年のことだった。

そして、西暦1860年、イタリア統一への協力と引き換えに、サヴォイ公家からニースがフランスに割譲されたんだ。

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関連リンク

旅行記 「ニース・エズ(フランス)とモナコ大公国」
(+ロンドン)




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