ヨーロッパの歴史風景 近代・現代編




西暦 1860年、ニースがサルディニア王国からフランスに割譲された。


フランス南部コート・ダジュールにあるニース

明るいコート・ダジュールのニースと言えば、地中海の面した人気のリゾート地・観光地だよね。下の画像は2月のニースのカーニバルの花のパレードの様子なんだけど、海岸通プロムナード・デ・ザングレには多くの観光客が見に来ていたよ。

フランス南部コート・ダジュールのニースのカーニバルで見た花のパレード

このフランスを代表するとも言える観光地ニースがフランスの領土となったのは、ほんの150年ほど前のことだった。(ひょっとしたら、ニースはイタリアの領土になっていたかもしれない。)

ニース、エズ、モナコ公国、そしてイタリア

そんなニースのあるフランス南部コート・ダジュールからイタリア国境にかけての略図が下の画像なんだ。ニースからモナコ公国までが 15kmほど、モナコ公国からイタリア国境までも 15kmほどなんだそうな。

フランス南部コート・ダジュールのニース付近の略図

かつては、このあたりの土地はサルディニア王家(元のサヴォワ公家)の領地だった。そのサルディニア王家は分裂していたイタリアの統一を目指していたんだけど、その為にハプスブルク家の神聖ローマ帝国を抑え込む事が必要だった。

そんなわけで、サルディニア王家はフランス皇帝ナポレオン3世の支援を求めたんだ。そして西暦1860年、サルディニア王家はニースなどをフランスに割譲した。フランスの支援に対する見返りというわけだね。

そんなこんなの上で、西暦1861年には統一イタリア王国が成立し、サルディニア王家はイタリア王家となったわけだ。但し、教皇庁のあるローマについては、イタリア王国による併合は西暦1870年のことだった。

ニースに生まれたイタリア統一の英雄ガリバルディ

そんな統一イタリア王国成立に大きな貢献をした英雄の一人に、ジュゼッペ・ガリバルディという人物がいる。このガリバルディは、今ではフランス領となっているニースに生まれ育ったんだ。(下の画像はガリバルディが洗礼を受けたサン・マルタン・サン・オーガスタン教会。)

フランス南部コート・ダジュールのニース旧市街にあるサン・マルタン・サン・オーガスタン教会

ガリバルディの生まれ故郷ニースをフランスに引き渡したサルディニア王国の政治家に対して、彼は激しく怒ったらしい。でも、最後にはイタリア統一の大義を優先し、それ以後もシシリアやナポリなどで活躍している。

フランス領となった岩山の鷲の巣村エズ

ニースとモナコ公国との間に、地中海を見渡す岩山の上の鷲の巣村エズがある。下の画像がそのエズ村を遠望した眺めなんだ。

フランス南部コート・ダジュールの岩山の上の鷲の巣村エズを見上げた

ニースがサルディニア王家からフランスに割譲された時、このエズ村はモナコ公国の一部だったらしい。ところが、西暦1861年にフランスがモナコ公国の主権を承認した際には、エズ村を含むモナコ公国の周辺の土地はフランスに割譲されている。

そんなこんなで元々少ない領地の多くを失ったモナコ公国は、生き残りのためにモンテカルロでカジノを始めたんだ。それが成功して、モナコ公国のモンテカルロのカジノには世界中から多くの人々とお金が集まるようになったわけだ。

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