ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1512年、イタリアの古都フィレンツェにメディチ家が復帰し、ニッコロ・マキャベリが失職。


ニッコロ・マキャベリ誕生

西暦1469年5月3日、イタリアの古都フィレンツェにニッコロ・マキャベリが生まれた。父は法律家でトスカナ地方でも由緒ある貴族のベルナルド・マキャベリだった。但し、貴族ではあっても裕福とは言えなかったんだそうな。

法律家でありながらも人文主義者でもあったベルナルド・マキャベリは、たくさんの書物を持っていた。ニッコロ・マキャベリは父の蔵書を通じて古代ギリシャや古代ローマの古典に親しみながら育ったらしい。

フィレンツェ政庁書記官 ニッコロ・マキャベリ

フィレンツェといえばメディチ家が頭に浮かぶんだけど、西暦1494年にメディチ家はフィレンツェを追放されていた。代わってフィレンツェの実権を握っていたのは、修道士サヴォナローラだった。その頃のマキャベリは、メディチ派の人物にサヴォナローラの演説の内容などを書き送っていたらしい。

イタリアの古都フィレンツェのヴェッキオ宮殿にあるマキャベリの肖像画 しかし、修道士サヴォナローラは西暦1498年に失脚し処刑されてしまう。同時にフィレンツェ政庁内のサヴォナローラ派の人々も失脚。その結果として生じた書記局の職にありついたのが、ニッコロ・マキャベリ(右の画像はヴェッキオ宮殿にあるマキャベリの肖像画)だった。

以後、ニッコロ・マキャベリはフィレンツェ政庁の書記として外交などにも活躍していくわけだ。

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外交に活躍したニッコロ・マキャベリ

サヴォナローラが失脚し、しかしメディチ家も不在のフィレンツェでは、統領ピエロ・ソデリーニを中心とする共和政が布かれていた。ニッコロ・マキャベリは、この共和政フィレンツェのためにヨーロッパ各国に派遣されていた。

フランスのロワール川流域にあるブロワ城のルイ12世騎馬像 例えば、後のフィレンツェ大公コジモ1世の祖母にあたるカテリーナ・スフォルツァ、一時期はイタリア中部を席巻しようとしていたチェーザレ・ボルジア、そして当時のフィレンツェの命運を握っていたフランス王ルイ12世(右の画像はフランス西部ロワール地方にあるブロワ城に見るルイ12世騎馬像。)などとマキャベリは交渉を行っている。

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フィレンツェ市民軍の創設者ニッコロ・マキャベリ

当時のフィレンツェは、フランス王ルイ12世やチェーザレ・ボルジアなどの軍事力に翻弄される危険に晒されていた。また、西暦1406年に征服したピサは西暦1494年のフランス王シャルル8世のイタリア侵入の際の混乱に乗じて自立し、フィレンツェはその再征服に苦労していたんだ。(下の画像はピサの斜塔とドゥオモ。)

イタリアのピサの斜塔とドゥオモ イタリアのピサの斜塔とドゥオモ イタリアのピサの斜塔とドゥオモ イタリアのピサの斜塔とドゥオモ

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つまり、当時のフィレンツェにとって軍事力が非常に重要だったわけだ。ところが、伝統的にフィレンツェは傭兵部隊に軍事力を依存していた。(例えば14世紀の著名な傭兵隊長ジョン・ホークウッドなど。)

そんな軍事的に脆弱な状況を改善すべく、マキャベリは西暦1503年にフィレンツェ市民軍の創設を提唱している。やがて西暦1506年にはマキャベリが望んだとおりにフィレンツェ市民軍が創設され、西暦1509年にはピサの再征服にも成功することとなった。




メディチ家の復活とマキャベリの失職

ところが、長くフィレンツェを追放されていたメディチ家のジョヴァンニ・デ・メディチ枢機卿(後の法王レオ10世)がハプスブルク家のスペイン軍の支援を獲得し、西暦1512年にフィレンツェの共和政を倒すことに成功。メディチ家がフィレンツェに復帰したんだ。

となれば、困った立場に立つのが、統領ピエロ・ソデリーニを中心とした共和政の為に働いていたニッコロ・マキャベリだった。そして予想通り、彼はフィレンツェ政庁における書記の職を失ってしまった。

しかし、だからこそニッコロ・マキャベリは有名な「君主論」を書くことになるわけだ。マキャベリが無理やりに従わせるべきと説いた運命の女神のイタズラというべきかな。



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