ヨーロッパの歴史風景 近世編




西暦1526年、メディチ家(弟脈)出身の武将 黒備えのジョヴァンニがイタリアで戦死した。


フィレンツェといえば、まずはウフィツィ美術館

イタリア・ルネサンスの中心地フィレンツェといえば、まず頭に浮かぶのはウフィツィ美術館かな。いつも多くの観光客が集まるイタリアでも人気のスポットだよね。朝早く起きて行っても、下の画像のように行列ができているんだよね。

フィレンツェの人気観光スポット ウフィツィ美術館(イタリア)

ウフィツィ美術館で偶然に見つけた
「黒備えのジョヴァンニ」の肖像画

黒備えのジョヴァンニ (ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネレ)の肖像画(ウフィツィ美術館、フィレンツェ、イタリア) そのウフィツィ美術館で偶然に見つけた忘れられない肖像画が右の画像。

この人物、通称を「黒備えのジョヴァンニ(ジョヴァンニ・デッレ・バンデ・ネレ)」という。16世紀前半のイタリアでも有数の武将だったんだ。

やがてメディチ家の当主となるコシモ1世は、この黒備えのジョヴァンニの息子。メディチ家傍流(弟脈)出身のコシモ1世がメディチ家の当主となることが出来たのも、黒備えのジョヴァンニの武将としての名声があってこその話。

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武将 黒備えのジョヴァンニの生涯

西暦1494年、フランス王シャルル8世がイタリアに侵入し、そのあおりを食ってメディチ家はフィレンツェを追放された。但し、追放されたのはメディチ家の嫡流(兄脈)の人々だけ。

国父コシモの弟の子孫(メディチ家弟脈)の人々は、姓をポポラーノと変えてフィレンツェに残っていたんだ。余談ながら、ボッティチェッリに「春」や「ヴィーナスの誕生」の制作を依頼したのは、このメディチ家弟脈だったらしい。

西暦1496年、メディチ家弟脈出身のジョヴァンニが、フィレンツェの大使としてフォルリに着任。このジョヴァンニは、「イル・ベッロ(美男子)」と呼ばれる人物だった。

当時のフォルリの支配者は、ミラノ公爵の娘にしてフォルリの伯爵未亡人だったカテリーナ・スフォルツァだった。その伯爵夫人と美男子ジョヴァンニは密かに結婚した。

西暦1498年、ジョヴァンニ・デ・メディチ誕生。美男子ジョヴァンニを父に、女傑カテリーナ・スフォルツァを母に持つこの赤ん坊こそが、後に黒備えのジョヴァンニと呼ばれる武将となる。しかし、父親の方のジョヴァンニ(息子と同名でややこしい)は、数ヵ月後に戦場で受けた傷によって死去。

西暦1499年、法王アレクサンデル6世の息子チェーザレ・ボルジアが、軍を率いてフォルリに接近。伯爵夫人カテリーナ・スフォルツァは、未来の黒備えのジョヴァンニを夫の実家であるフィレンツェのメディチ家に預け、城にこもってチェーザレ・ボルジアと戦った。しかし、カテリーナ・スフォルツァは敗れ、捕らえられてローマで監禁された。

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西暦1512年、メディチ家兄脈がフィレンツェに復帰。翌年、メディチ家兄脈出身のレオ10世(同じくジョヴァンニ)が法王となった。

西暦1515年、法王レオ10世の使者として黒備えのジョヴァンニがフランスに赴き、ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチとサヴォア公女との結婚の交渉を行った。

西暦1517年、法王レオ10世の使者として黒備えのジョヴァンニがフランスに赴き、ウルビーノ公ロレンツォ・デ・メディチとフランス王の従妹との結婚の交渉を行った。

西暦1519年、黒備えのジョヴァンニの息子コシモ(後のトスカナ大公コシモ1世)誕生。母は法王レオ10世の妹ルクレツィアの娘マリア・サルヴィアティだった。

西暦1523年、皇帝カール5世の軍と法王の軍とがボルゴフェルテで戦った。法王庁の軍人だった黒備えのジョヴァンニは、膝を撃ちぬかれて負傷。

西暦1525年、フランス王の軍と皇帝軍とがパヴィアで戦った。フランス側について戦った法王軍の指揮官の一人だった黒備えのジョヴァンニは再び戦傷を負った。

西暦1526年、イタリアに侵攻してきた皇帝軍を食い止めるべく出撃した黒備えのジョヴァンニが、ポー川近くの戦闘で砲撃を受けて重傷を負い、やがて亡くなった。



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